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『焚火理論:1)心理的安全性と集団発達理論』

今日は、心理的安全性と集団発達理論についてのメモランダム。

前回(2019/11/27)記述したように、Edmondsonを引用して心理的安全性を、「チームメンバー自身が ”この仲間と一緒にやっていける” ”意見が食い違っても、攻撃や無視されることはない” と安心して仕事ができる状態である」と述べた。

彼女は、この安全性の対義語に「恐れ:Fear」を用いている。その「恐れ」には2つの種類があるという。

恐れ 1)「健全な恐れ」
・・・自分やチームの仕事の納期を守れるか、品質を確保できるか、というチームや集団内の学習や創意工夫を生み出す源泉になる恐れ。ある意味、組織やチームがバージョンアップするために必要不可欠な非人間関係的な「恐れ」。

恐れ 2)「不健全な恐れ」
・・・自分自身の発言や態度を周りのメンバーはどう捉えているのか、不安や疑心暗鬼に駆られる恐れ。メンバーを萎縮させて主体性を欠き、言われたことだけを言われたままにやるだけの受動的なチームにしてしまう人間関係的な「恐れ」。

前者は成長に必要だが、後者は非常に厄介である。場合によっては、チーム崩壊にもつながるからだ。


この心理的安全性に関する議論は、リーダーがどのようにメンバーに対して振舞うか、というリーダーシップ論から語ることもできる。

例えば、行動論アプローチの1つ、三隅二不二先生のPM理論の「ラージP」の部分に該当するかもしれない。より人間性のメンテナンスを重視する際に、心理的安全性が求められるような場合だ。

また、状況対応論アプローチの1つ、Hersey&BlanchardのSL理論におけるS3(後援型)に相当するかもしれない。指示的行動は少なくし、支援的行動を高くする段階で心理的安全性を担保するような場合だ。

このようにリーダーの視点では、この「心理的安全性」は非常に重要な概念で、これを高めることが組織の成果や成長を左右することは間違いない。


しかし、僕はリーダーシップという「上下の関係」において「心理的安全性を“誰かが作る”」という意図的で特定の人依存的なものではなく、「チーム全体が安全に包まれている」という「組織の状態」について考えていく。

リーダーもメンバーも、チームの一員であるという視点に着眼し、(多少のリーダーのリードもありながらも)集団の発達プロセス ≒ チームビルドの観点の方が、誰かに頼ることなく集団でよりベターな状況を作り上げる方が合理的で永続的だと思うからだ。だからこそ、集団発達理論の観点から、この心理的安全性の向上させる方法論を世の中に訴求していくのである。


焚火理論は、「単純に焚火をたけばいい」というものでは全くない。焚火をするだけで平和になるなら、とっくに全世界から紛争はなくなってるはずだ。これは、「焚火が人間にもたらす効果を利用して、少人数のチームの集団凝集性を高める」という1つの理論にすぎない。

しかし、少なくとも巷にあふれる感覚論で語られるいい加減な話とは一線を画す。焚火の効果について何千の情報を集めて分析し、その効果とメカニズムを集団発達理論に組み込んだ、研究に基づく理論である。(しかも大学院博士課程でこんな補助研究をしている変態はそうはいない!)

さて、ここから日本唯一の「焚火研究家」として、その名に恥じぬ理論を届けて行こうと思う。
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大学の教壇に立つ。

24歳の時、30歳時点のキャリアを想像した。
「市場価値を高める」と決めて、ビジネス英語を磨きに夜間の大学の語学学校へ5年間通った。

28歳の時、35歳時点のキャリアを想像した。
「組織コンサルタント」になろうと決めて、MBAを取るためにビジネススクールに通った。

36歳の時、50歳以降のキャリアを想像した。
「経営者 兼 大学教員」になろうと決めて、博士号を取るために大学院に通った。


ビジネススクールは独立とともに中退したが、その後大学でMBAを取得。その後、大手外資コンサル会社に一瞬在籍してから博士課程に入り、激務の隙間時間をつないで目下全力で博士論文を執筆中。

そんな中、大学の講師として、オフィシャルにデビューした。

たった1教科だけど。


初講義はどうだったかというと、いつもとは少しだけ心持ちが異なった。

新人研修なんかには全く興味がないので、できる限り断っているのだが、大学なので当然ながら「THE★リアル学生」が対象。通常は経営者を対象にコンサルティングを提供しているため、どのような場でも相手が誰でも緊張することはあまりない。もちろん教育の場でも講演会でも、自分のペースで自分の土俵で展開できる。よって、いつも通りの自分で講義をすればいいはず・・・。

異なった原因は、「MBA時代にとてもお世話になった恩師と ”同じ場所”に立っている」という事実。


就任は、MBA時代の担当教授であり、在学中から今に至るまでビジネスパートナーとして様々な案件に携わらせて頂いている方々の紹介。情熱的で青臭くて心優しくて適当で純粋でマニアックな、大好きな教授である。

紹介してくださった教授達だけでなく、マーケティング科目でゴリゴリにシゴかれ、とてもお世話になった教授も同じ屋根の下で教えているのだ。また学会でお世話になっている教授もいるし、MBA時代の1期上の先輩も学校に携わっており、授業前に暖かく出迎えてくれた。

いい意味で辺り一面プレッシャーだらけって感じ。僕自身を取り巻く環境的に緊張する一瞬であったが、授業の感触とフィードバックは上々のスタートになり、いつになく安堵。


何か目標を決めて、実際に歩み出した道がすべて狙ったゴールにたどり着くとは限らない。

行動していく中で、いろいろな人と関わり、人との関わりがチャンスを生む。そして、そのチャンスに乗ってみることで、また新たな人と機会に接続される。そうした引力の中で生じた相互関係によって行動や思考の選択肢が広がり、その中で意識/無意識的に自分の進路を選択していく。

こと仕事に関すると、なんだか勉強ばかりしている気もしないではない。しかし、仕事は生きる術であり、学習は高次のレベルで仕事をする術である。そう捉えると、学習せずに無目的に時間を過ごすことは、僕にとっては思うように生きることと対極にある怠慢以外の何物でもない。

まさに、J クランボルツがいうPlaned Happen-stance Theory (計画的偶発性理論)である。そして、人生とは人との化学反応の中における選択の結果なのかもしれない。


少なくとも、今、僕は大学で教えるという新しいキャリアが増えた。今後これをどう展開していくか。それもまた、自分自身にかかっているのだ。


アイアンマン台湾、カウントダウン。

悩んでいる。今、猛烈に悩んでいる。

昨年11月にエントリーをしてから、早5ヶ月が経過し、ついにあと10日を残すところになった。2018年 初のトライアスロン、そして初の海外レースでもある。


今回の距離はアイアンマン70.3、すなわち世間一般的に「トライアスロンって、あの鉄人レースですか?(変態!な目つき)」的な所謂 ロング ディスタンスの、半分の「ミドル」と呼ばれる距離である。

ミドルはスイム:1.9km→バイク:90km→ラン21km合計113kmしかない、ヘナチョコなヤツで、モノホンは S:3.8km→B:180km→R:42.195kmの 226kmという、激しく立派にドMな距離。これを全クリした人だけが、「アイアンマン」と呼ばれる。

昨年から加わった経営者で構成されるトライアスロンチームでは、デフォルトがロング。日和ってミドルに出ようものなら、通称「ハンブンマン」と嘲笑され、それはもう非国民扱いなのである。

極め付けのディスりワードは、「人間には2種類いる。アイアンマンと、アイアンマンじゃない人だ」


今年は、アイアンマン台湾70.3をスタートに、4月に宮古島ストロングマン(ロング)、そして11月にメキシコ コズメル島のアイアンマン(ロング)と豪華3本立てである。

博士論文もなかなか進まないのに、台湾の直前になって、今頃悩んでいる事。

それは補給食戦略。

ミドル程度なら、適当な補給でもなんとか乗り切れるが、実際、昨年のセントレアJAPAN70.3の補給は結構行き当たりばったりで、最後はミネラル切れを起こして足が攣ってばかりいた。

ロングはそうはいかない。長くて最大17時間に及ぶ過酷な運動と天候により、胃腸がやられてしまうのである。スイム・バイク・ランのどこでどれだけのカロリーを補給をするか。ジェルか?固形物か?タブレットか?ゴミ対策、溶けない対策、運びやすさ、開封のしやすさ。

まさに大袈裟ではなく、トライアスロン第4種目ともいっても過言ではない。


本来なら、トレーニング中にいろいろ食べて試して、自分に合う合わないを見極めるのがベスト。普通の状態で美味しく感じても、ヘロヘロボロボロの時には受け付けないかもしれない。

また、TT(タイムトライアル)バイクと呼ばれるヘンテコな自転車で、DH(ダウンヒル)ポジションというこれまた窮屈な体勢で、補給食を開封して→食べて→ゴミをバックポケットなどにしまうという、一連のスムーズな行為も、試してみなければわからない。

つまるところ、ザ★準備不足 というコトだ!

トレニーングをしていなかった訳ではない。1-2月はバイクで600kmほどは乗った。でもすっかり補給のことを忘れていたのである。だって、練習は1回50-80kmくらいなので、食べなくても大丈夫な距離だから。


ということで、今週1週間は「補給食ランチ」を決行することとなった。はちみつみたいなベタベタドロドロした流動食か、ゼリー状か、モッキュモッキュした餅みたいなものか。

お口に合うか合わないかを試していくつかに絞り込み、週末爆買い!
泣いても焦っても、とにかく台湾まであと10日なのである。

ヤケボックイな趣味

仕事。博士論文。焚火研究。アイアンマン(トライアスロン)。そして、4月からは大学で教鞭に立つ。

どれもこれも充実していて楽しく、飽きることはない。というか、ON/OFFはかなりシームレスにリエゾンしていて、仕事のが趣味なのか、趣味が仕事なのか、時折見失う。

しかし、それに加えて新たに趣味が…、正確には、過去ドップリはまり今は興味が薄れていた趣味が、バージョンを変えてフタタビ頭をもたげつつあるという、今の僕には大変ヤバい状況に陥り始めている。それは、

「FREE SKI」。

ゲレンデをただ滑るだけではない。キッカー(ジャンプ台)で飛んだり跳ねたり回ったり、オフピステでパウダーを貪り食ったり、木々の間を滑るツリーランなど、自然のあるがままをフリーな滑り方で遊ぶという、粋で、気ままで、ちょっと迷惑なヤツである。

なんともまた、ケッタイなモノに再燃したものである。


実は、スキー歴だけは40年を超える、人生史上最もロングテイルな趣味。

山男だった父に4歳から教え込まれ、小学校の頃は冬になると親とスキーに行って欠席が目立ち、先生に呆れられていたことを覚えている。それは高校時代まで続く。

大学時代はカルガリー・オリンピック(1988)から正式な競技に加わった、急斜面でコブを攻める「モーグル」一色。コブの聖地、白馬 八方尾根スキー場にあるペンションに居候し、草大会のスタッフをやったりレースに出たり。その後、超黎明期のスノーボードにシフト。

社会人になると、スノーボード × バックカントリーの組み合わせに興じていたが、徐々に冬もサーフィン三昧。この頃から雪山スポーツは静かに遠のき始め、アドベンチャーレースのチーム結成とともに、変態でドMな競技にはまりまくり、雪遊びという文字が生活から消えた。

しかし、大学院修士課程に進学とともにアドベンチャーレースチームを解散、MBA修了と同時に四十路から始めると決めていたトライアスロンに転向。経営者で構成されるチームに所属して、ゴリゴリやっている現在。

しかし近年、子供の成長がキッカケで冬山に戻るようになってきた。

人生は繰り返されるのだ・・・ 趣味の数は変わらずしてだが。


チビに教えながら、ちょいちょい滑るだけ。しかし、それだけでも十分に楽しい。水を掻いた理ペダルを回したり大地を蹴ったりという自分の筋肉を駆使した「努力」によって、疲れと乳酸と引き換えにスピードを得るスポーツとは異なり、斜度と万有引力を利用して超楽チン爽快にスピードを堪能できるスポーツは、これまた一味違う。

こうして、物欲の塊と化した誘惑に負けて、大学生以来ぶりに冬山の全装備を「完全リニューアル」したのだった。


問題は、行く時間があるかどうか ・・・  否。ハッキリ、明確に、ほぼナイ。

3月と4月に国内外のトライアスロンの大会を控えているし、博士論文もピッチをあげる時期だ。無理しても、雪のある時期に仕事のない週末は、なんと1回だけ!(それはそれで、どうかと思うが)。

それでも、楽しいから行きたい。いや、行く。時間を調整して行ってやる。

リチャード・セイラーやダニエル・ダニエル・カーネマンの行動経済学的に列挙するバイアスに陥っていることに気づいていたとしても。やりたいと思うことに理由はいらない。できない言い訳を考えない。何かをやることによって犠牲になることがあるなら、それ以外の何かをさらに犠牲にして取り組む。

意思決定とは、すなわち「覚悟を有する選択」なのだ。



アイアンマンに「日付」を入れた。

「50歳までにやり遂げる」と決めたことに日付を「ポチ」した。

2018年11月18日、自分の誕生日にアイアンマンレースに挑む。

距離は世間的な一般認知でいう「ザ☆鉄人レース」のアレである。すなわち、トライアスロンの距離別でもスイム:3.8km→バイク:180km→ラン:42.195km、合計約223kmという最長距離の大会にエントリーしたのだった。

戦いの舞台は、カリブ海に浮かぶ コズメル島(メキシコ)。

スイムは今や調子が良ければ4km以上プールで泳ぐから問題なく、バイクも琵琶湖一周160kmも走破しているから距離感も体力感も大丈夫。しかし、2種目183.8kmを終えた後のフルマラソンだけは、全くイメージがつかない。そもそもフルには、伴走で1回しか出たことがないし。

たまたま誕生日がレース当日だったことから、勢いでエントリーしたが、実は不安しかない (T-T)


人生の夢は?

夢見ることは悪いことではない。しかし、人生時間の正午を超えてからは、「夢」というただフワフワ漠然とした絵空事ではなく、「目標」つまり「やり遂げたいこと」という具体性と実現性に重点を置かれたモノに切り替わる気がする。誰かが、こんな言葉を残している。

『夢は「みるもの」ではない。「挑む」ものである』

とすると、四十路を超えてからの「人生の目標」とは、手に入れようと行動する少し先にあるモノということになる。そして、「手に入れよう行動する」とは、努力とも表現できる。すなわち、人生の目標とそれに対する努力はニコイチである。

どのような目標であれ、それを成し遂げる努力行動は、人間の活力的魅力の総量と同義だと僕は思う。

何の目標も持たず努力せずに、日々ダラダラ何となく生きている人々を否定する気はない。ただし、
その生き方に共感は1mmもしないし、僕にとって、そういう人との付き合いはハッキリ言って人生の無駄であることだけは確かである。


39歳の時に決めた ー MBAを修了と当時に40でトライアスロンを始める、45までにミドル ディスタンス:113km(=スイム:1.9km→バイク:90km→ラン21.1km)を完走する、50までにロング制覇すると。それ以降は、サーフィンと共にゆる〜くトライアスロンを楽しもうと。

今年ミドル完走達成と共に、経営者仲間に誘われて、経営者のみで結成されるトライアスロンチームに入った。それぞれ企業経営で忙しいのに、嬉々として3種目をトレーニングし、年数回にわたり変態レースに出場する彼らに刺激を受ける。

そのチームの中で度々連呼され、かつ心地いいフレーズがある。

「人間には2種類しかいない。アイアンマンとそうでない人だ」

この言葉は言い得て妙で、かつ示唆に富んでいる。僕はトライアスロンがすごいとか偉いとか、そういう話ではないと捉えている。アイアンマン ディスタンスを時間制限内にやりきるのは、それなりのトレーニングしないと完走は不可能であるのは誰もがわかる。そして何より、己の怠惰な心に争い練習を積むという行動は、意識的に時間を割いて「努力をする」ということ。

つまり、この言葉の僕の解釈は、「自ら目標を掲げ努力できる人」とそうでない人、である。

常に何か目標を持って夢に挑む、手に入れるために努力を重ねる。それが、動物にはできない人間の本来的な魅力であると思う。

エントリーが完了した今、来年11月に向けて着実に練習を重ねるのみなのだ。

# ターゲットセッターな生き方

僕の趣味における2017年の挑戦は6月のアイアンマン70.3で早々に終わった。

それは同時に、仲間の挑戦を応援する番に回るということでもある。

昨年、僕に唆されたロードバイクチームの仲間が、トライアスロンにエントリーした。だた、出場決心から大会当日までの日数が少なかく、また初めての挑戦でもあったことから、悔しい思いをしたらしい。

しかし、その人は高校時代以降、30数年間運動は全くしていなかったという。そもそも、スポーツシューズというブツそのものを、その期間にわたり所持していなかったらしい。よって、トライアスロンに挑戦するということは、僕のようなドMスポーツに慣れている変態ならともかく、ものすごく高いハードルだったことは想像に難くない。


トランジションに手こずったことで、総合時間は昨年対比で4分短縮という結果に、本人は落ち込んでいたが、リザルトを詳細に計算してみた。その結果、スイムは昨年より5分、バイクは10分早いリザルトを叩き出していた。

競技距離が長ければそのくらいの「誤差」は出るかもしれない。

しかしその大会はスプリントと称されるスイム750m→バイク20km→ラン5kmという短距離レース。その中で、その時間分を短縮するってことは、相当強くなっていないとできない。その人のスピードだと、10分間短縮という事実は、旧記録タイムでさらに5km余計に走れることと同義である。

来年への課題が見えた、と本人は言う。


このワンシーンは、示唆に富んでいる。

人生でトラに挑戦した、という記憶を刻むくらいの軽い気持ちで参戦すれば?という、誘ったくせにテキトーな意見を述べた僕。

それに対して、昨年の惨敗をバネに、ジムに入会して基礎トレをし、スイムの個人コーチをつけて苦手を克服しようと努力を積み重ねてきた結果であった。たかが趣味、いつでも辞めたけば辞められるし、無理して続けなければならない理由もないのに。

どうせやるなら目指すものがある方が楽しい、とサラリと返す。そうなのだ。人には、無目的に取り組む人と、目的や目標を持って取り組む人の2種類がいる。つまりターゲットセッターか否か。これが人生の充実感を変えるような気がする。

何に対しても目的目標を持って取り組む方が、夢中になれる。それが遊びだろうと、仕事だろうと。こと趣味に限定して言えば、無目的でもいいのかもしれないが、持っている方が行動の原動力になることは間違いない。ターゲットを追い続けるところに、生きる原動力が発生し、生き方や美学が結実する。


見事に昨年の自身を上回って完走したその方に最大の敬意を評しつつ、僕もまた、ターゲットセッターな生き方を貫いていこうと思う。

新しい領域へ

気合の入っていなかった夏も通り過ぎつつ、今日から9月。

すでに2017年もあと3ヶ月、トライアスロンの季節もそろそろ終盤。僕の今年のレースは2本のみ、横浜国際大会(51.5km)とアイアンマン セントレア(113km)で、とっくに勝手にオフシーズン。

しかし、アイアンマン(IM)を通じて大きな変化が生じる。

FBでIM完走のコメントのやり取りから再開した社長仲間。ワールドチャンピオンシップに招待されたトライアスリートであり、2005年当時、僕に独立を嗾けた、もとい支援してくれた先輩経営者である。

レース直後、9年ぶりに飲みながら、トライアスロンの変態話に花が咲く。同じ自転車でも流行りのロードバイクとトライアスロンバイクは似て非なるものなので、マニアックに盛り上がる。

その方の強い勧めで、経営者が集うトライアスロンチームの入館審査が通った。


彼らは気軽にIMロングに誘ってくれる。

しかし。ロングは、スイム3.8km→バイク180km→ラン42.195km という変態的行程。

45歳までにミドル完走というマイ・マニフェストを今年6月に期限ギリギリで果たしたばかり。次のトライアスロンの公約目標は、50歳までにロング完走なので、加齢に対抗しながら十分に身体を作って臨むつもり。

にもかかわらず、ハワイに旅行にでも行く感覚で、「行こうよ!何とかなるよ」と。この前向きさというべきか、強引さというべきか…そして、彼らはサラリーマンの何倍も忙しいのに、時間を見つけてトレーニングを続け、大会に出場する。

3種目それぞれの練習も大変なのに相対比較的に練習量の少ない人に罰金を徴収しながら、仲間との飲み会も欠かさず行い、スポーツとしてだけでなく絆も維持しながらトライアスロンライフを楽しんでいる。

この感覚が経営者なのだ、と思うと同時に、とてもいい刺激に感じる。


50までにロング完走なんて甘っちょろい! 今でしょ!(死語)

と言われたわけではないが、仕事も勉強も趣味も、目的・目標は明確に持つべきであるのは確かなこと。よって、どうせやるなら、このチームで練習バトルしながら罰金回避を楽しもう、と決心して目標設定。

目標:2018年3月 IMサイパン 45-49エイジグループ 「1桁狙い」

まだエントリーも始まっていないが、今から半年後の大会に向けてトレーニングを始めよう。3種目の得手不得手の自己分析はある程度できている。伸び代の大きいバイクパートを中心に、後半でタレないようランも強化しなくては。

頭の片隅で、ヘビーな博士論文執筆もチラつくが、どうせ短い人生、楽しんだ者勝ち ー仕事も研究も論文もトライアスロンも。


というわけで、まずは全力。

価値観の震撼

カレイと完全比例して、イソガシサが加速する。

すでに今期のコンサル案件の上限社数を超えたため受託ストップして顧客に集中、アポを入れない日を作って博士論文の研究と執筆、1日の隙間時間にトライアスロンのトレーニング。

そんな日々に、「リベラルアーツ」に触れる時間を差し込むことにした。

ここ数年お付き合いしているコンサルティング先の博識で超努力家の社長の影響をきっかけに、演劇・絵画・文学といった芸術に触れる時間を取っている ー 今まであまり積極的に接触しては来なかった価値観に。

案件のディスカッションの始め30分は、だいたい世間話で仕事話題や趣味、最近読了した本などの情報交換などを楽しむのだが、その中でもリベラルアーツの話題は必ず出る。そして、人はなぜかいいと思うものは他人に勧める生き物で、アレイイヨこれいいよ、となる。

そして僕は基本的にオススメされたなら、読んでみよう観てみよう聞いてみようやってみよう、とまずは行動する。オススメに相応しいか否かは、行動後に判断すればいい。

というと、いかにもスカした嗜みを始めたように感じる自分がいるのも否めないが、いざやってみるとそんなに生易しいものではなかった。


テレビが悪とは言わない。

しかし、番組の9割を占めるであろう、クイズ関係、スポーツ、ドラマ、バラエティなどなどは、”僕にとっては”クソ低俗で1mmも人生に役に立たないことのない、時間の無駄でしかないゴミ番組にすぎないため、基本的にテレビはつけない。家族が観ていたら、僕がリビングから去るか、無条件にTVの電源を落とす(←ひどい!)。


じゃあ、家で過ごす一人の時間は何をしているか振り返ると、大学院の研究、ビジネス関係の読書、トライアスロン関係の情報検索。何か今現状の自分に必要なもの以外には触れない。

つまり、頭の中は、ダイレクトに今の自分に必要なものしか手を伸ばさない。常に情報に対する「SO WHAT:だから何?=自分にとって何が嬉しいの?」が重要なのだ。すなわち、示唆や意味を求める思考回路がデフォルトになっているのだ。良くも悪くも効率効果的で合理的なモノだけに興味があるのだ。換言すれば、自分の仕事・勉強・趣味・人生に役立たないものは、すべて無意味なノイズでしかないということ。

そんな中に、リベラルアーツなんてものを持ちこもうとしたものだから、驚愕の事実の直面することとなった。


芸術の良さは個人の価値観に準拠することを差っ引いても、世間一般的に素晴らしいと言われるものに触れれば、なんとなくでも「良さを理解したような気分」に浸れるはずだ。

しかし。。。ピンと来ない。


例えば、レイモンド カーヴァーの短編集を読んでも、「・・・」イマイチ心に響かない。ヒラタオリザは2回目の観劇でやっと少し笑えた。ムラタサオリに至っては、もう宇宙人としか思えない。

しかし、彼の話やレビューに目を通すと、その素晴らしさがトクトクと表現されている。ということは、自分の感度が低いのだ。圧倒的に。感度とは?

「芸術感度レベル」である。


換言すれば、すなわち、非日常の価値観に触れていないということでもあり、自分自身の価値観のダイバーシティに乏しいということに他ならない。それなりに多趣味な方だとは思っていたが、それにも偏りがあったことの証左であろう。


なかなか得ることができない折角の機会、このど狭い自分の世界に、ゲイジュツという異色な価値観を取り入れてみよう。早速、価値観ぶち壊し作品として勧められたサラマーゴの「白の闇」をポチした。


ドラクエな人生

45歳までの人生目標の1つである、トライアスロン アイアンマン70.3を完走。

これまで、36時間7競技夜間ノンストップのアドベンチャーレースや、72kmを24時間以内に走破する山岳耐久トレイルランなど、変態系スポーツの大会に出場してきたから、完走できることは、経験値から容易に想像できた。

しかし、予想外もあった。

それは、「つらい」よりも「楽しかった」ということ。スイム1.9kmはカエルの気分?で泳げたし、バイク90.1kmは後半に繰り返される坂に心折れそうになったものの、全行程平均30km/hという僕にとってはハイスピードで楽しく駆け抜けることができた。とにかく「気持ちいい!!」なのだ。

初挑戦としては十分に楽しめた大会となり、ショート(51.5km)より断然やりがいを全身で味わえた。振り返ると、キツいのには変わりはないがショートがとても「ショート」に感じ、長い方が魅力的に映るのだ。

これは意外だった。

とはいえ、ワールドチャンピオンシップにつながる、正式な冠のついた大会だけに、そんなにコースは甘いわけがない。アップダウンあるランコースに足を捥がれて失速。ストレッチゴールのサブ6時間には10分届かなかったが。また、3.8km泳いで190kmサイクリングしたのちに、フルマラソン=アイアンマン ”ロング” への挑戦は、瞬間的に、まだ無理!の一言で片付けるが。



6月ですでに、今年のメインスポーツイベントは終わったが、一方で、仕事の面において新しい「ワクワク」が増えた。

社長間の口コミで組織支援依頼が続出し、現在関与しているコンサルティング案件は、事業再生のチェンジマネジメント、M&Aによる組織PMI、事業後継者育成、経営理念構築浸透など、高難易度な組織変革案件で、どれもやりがいに溢れている。

しかも過半数が上場企業。また、コンサルティングと並行して、教育案件の依頼も尽きない。できれば困っている企業全てに関わり、その組織の改善に尽力したい想いは絶えないが、現在は時間的限界により、責任を持って支援できないため、ウエイティングしてもらっている状態。

そんな中、難解な案件で成果を出していくプロセスは、本当に面白い。

何が面白いのだろうか。

難解な案件と対峙していくことによる経験値増と、そのための圧倒的な学習による知識増。膨大な過去の「経験則」を引っ張り出し、学習という「知識」を加え、各社各様の組織状況に合わせてベターな解を導く「知恵」を導出する。

まさにこの過程、すなわち知識と経験が「知恵化」する瞬間が、本当に楽しいのだ。


ふと思った ー きっと自分の人生は、ドラクエなのだと。

ドラクエの主人公は、戦いを積み重ね続けることで「強く」なり「レベル」が上がる。レベルが上がると様々な「武器・防具・呪文」が使えるようになり、一層強い「敵」と戦えるようになる。逆に、何もせず、ずっとラダトーム城の周りをうろついてスライムと戦い続けていても飽きるし、旅に出なければストーリーは進まず次の景色も進展も見えない。

ラットホイールとネズミのように、毎日同じことを繰り返す人生もあるだろう。しかし、僕には無理。きっと、この成長感ともいえる「変化実感」が好きなのだ。トライアスロンも仕事も研究も同じで、レベルアップしている感が一番の麻薬なのだ。

もちろん、レベルアップするにつれて、なかなか次のレベルに上がるのに苦労して時間がかかるもの。しかし、それも含めて、ミクロンのラップを積み重ねるように努力を続け、微々たる違いでも、自分が変化していくことが生きがいなのだ。


もう2017年度中のレースは、エントリーしていない。来年のアイアンマンに向けてのトレーニングは続けるが、参戦を急がなくてもレースは逃げない。しかし、増えている依頼に対して確実な成果を残すこと、および博士論文の執筆が優先。いつ、ローラ姫を助け出し(?)、エンディングを迎えるかはわからない。

それでも、日々歩み続けるのだ。


アイアンマンへの一歩

世界トライアスロンシリーズ 横浜大会が終わった − 自己ベストを3分以上更新して。

今年でトライアスロンを初めて5年目になるが、昨年からエントリーし始めたこの大会は、とても思い出深い。なぜか?

その時から、トライアスロンが「楽しくなったから」である。

いやいや、それまでの3年間は楽しくなかったんか?と聞かれると、答えに窮する。大学院修士課程に進むのと同時にアドベンチャーレースを離れ、修了と同時にトライアスロンへ転向。その発端は、30代の頃、仕事でお会いした青山フラワーマーケットの井上社長の言葉。

「トライアスロンは40代の嗜みだよ」

ちょうどMBAが終わったのが40歳でキリがよく、でもそれはやりたかったからという理由より使命感に似た感情からだった。そして、いざ始めても自分の目標タイムをクリアしても、アドベンチャーレースのような興奮やワクワク感や達成感は得られなかったのだ。

トラ仲間と励ましあいながらゴールするプロセスは楽しいが、レースそのものはしんどいだけ。大会の度に「なんでこんなレースに出てるんだろう」と後悔することさえ多し。


決勝戦のハワイ コナ大会に続く世界シリーズという冠があり、また昨年はオリンピック出場権もかかっていたこともあって、エリート(プロ)の部ではメジャーな有名選手がたくさん参戦していた。

その中にいたのが日本を代表する上田藍選手。2016年の大会は3位でフィニッシュ。その小さな身体からは想像できないほどクレバーでタフなレースを展開、スイムではほぼビリに近い順位だったが、ランとバイクでごぼう抜き大逆転してポディウム(表彰台)に立ったのだ。プロですら、得手不得手がある − マルチスポーツはだから面白い!

その勇姿を現地で見て、「もっと気軽にパートパートを楽しめばいいんだ」というどエライ腹落ちを得た。彼女のおかげでそれがブレイクスルーとなり、肩に力が入りすぎることもなく、どのパートでも「天気が良くて気持ちいいなぁ」とかあえて言葉にしながら取り組んだことで、めちゃめちゃリラックスして楽しくフィニッシュできたのだった。

そこから、トライアスロンへの楽しみ方が変わった。


フランスの哲学者、アランはこう言った:「悲観は感情であり、楽観は意思である」。

よって、現在のトライアスロンとの向き合い方は、ずばり!「しんどい、を楽しむ」。楽しむという固い意志と努力をもって望むのだ。僕にとっては1分1秒を争う大会ではない、単なるファンレース。リザルトが良くても何かもらえるわけでもなく、悪かったからと言って罰則があるわけでもない。だったら楽しまないと損!

こうして、今年の横浜大会はこれまでの自己記録を塗り替えるリザルトでフィニッシュ。怪我からのリハビリであまりトレーニングはできていなかったのに。たまたま記録だろうが、備忘録的に気付きを記録しておく。

スイム:リラックス&焦らない・心拍が安定するまでは我慢我慢我慢
バイク:メカトラブル兆候は事前にチェック・ギアを残さず足を残せ
ラ ン:給水と冷却のバランス・胃(消化)に注意

次の挑戦はアイアンマン70.5(112km)が来月ある。アイアンマンは、45歳までに完走するという人生目標の一つであり、もう残り1ヶ月を切っている。

笑顔で戦え、俺。

プロフィール

TAK MARUYAMA

Author:TAK MARUYAMA
株式会社エバーブルー 代表取締役
日本焚火効果研究所 所長 / 焚火研究家

★明治大学大学院 経営学博士(Ph.D. )
★明治大学大学院 経営学修士(MBA) 

【ニューズウィーク日本語Web版 に掲載】
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国内ベンチャーの人材派遣会社設立経験を経て、外資系IT企業の人材アウトソーシング事業の立ち上げと運営に従事。その後、組織変革を軸とした外資系人事戦略コンサルティング会社の組織改革コンサルタントを経て独立。

世界49カ国放浪や国内・外資系企業の現場で培った「ヒト」と「ソシキ」に関する本質的で敏感な人間力を活かし、アウトドアを使って経営陣と社員の体験型抜本的意識改革を行う。また成長型人事制度構築など人的資源管理のコンサルティングの両刀使いが特徴、「ハート:意識」と「ハード:仕組み」の両面から組織変革戦略を描き実施するユニークな事業を展開する。書籍「組織の起動スイッチ!」をはじめ、雑誌・新聞メディア露出多数。

日本焚火効果研究所を設立して代表理事に就任、焚火効果研究の第一人者。

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