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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
笑顔の数だけ
出会いは必然 -今年5月にもその出会いがあった。

大学のゼミの1964年以降半世紀にわたる元ゼミ員が集まる会で出会った後輩が、今僕の隣のデスクにいる。スマートで背が高く、屈託のない笑顔、素直で前向きな性格。

共に働き始めて早1か月。まだまだ組織変革コンサルという不慣れな職種ではあるが、毎日様々なことを学び、記し、成長している。そして先週、彼女にとって初めての、クライアントの経営陣合宿デビューを迎えた。



事前のクライアント経営陣との会議にも同席させていたものの、どう振る舞うべきか、自分の役割は何か、初めての合宿施設やプログラムは期待よりも不安の方が勝っていたはず。まずは慣れるために支持されたことをやってくれればいいから、と事前に伝えてあった。

しかし、期待は大きく裏切られた。


まさに1を聞いて10をやるとはこのこと。初めての合宿なのに、簡単な指示を出すだけで自ら考え自ら行動し、スポットでお願いしたもう一人のサポートスタッフも含め2人でほぼ完璧にサポート。ここまで息が合うとは思いもよらなかった衝撃のパフォーマンス。

言われたことしかできない人間と、言われなくても自分で考えて行動できる人間の能力の差異をまざまざと見た瞬間。



そんな彼女は実は合宿中に誕生日を迎えていた。予想をはるかに超えるレベルのサポートに感謝し、「合宿デビュー祝い&打ち上げ」という名のもとに彼女ともう一人をいきつけのフレンチに招待。もちろん本当は誕生日お祝い。

デザートプレートに「Happy Birthday!」と描かれ、僕ともう一人からプレゼントをサプライズ。

ハトが豆鉄砲食らったような何が起こったのかきょとんとした表情の後に続く、心から嬉しそうな表情、そして1トーン高い歓喜の声。


合宿が成功し、クライアント経営陣が涙して喜ぶ姿は感無量だが、こうして仲間が喜ぶ姿を見るのもいいものだ。顧客だけをHAPPYにするのは当然、自社スタッフもHAPPYにすることも自分自身の使命でありヤリガイなのだと、彼女の笑顔を見てしみじみ思う。

誰かのために…。この想いの数が僕の中の幸せの数なのかもしれない。

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社長の涙
完璧な経営戦略。詳細な財務分析。輝かしい未来像。

トップがすべて決定し、それを戦術に落とし込むのがミドル達。キックオフ資料は膨大に膨れ上がりボリューミーで美しささえ感じる。数多くの企業の戦略を垣間見てきたが、最もキレとコクのある計画書。

しかし未達が続くため原因追究を依頼され、成長度を計測する自社開発のサーベイを行う。すると事前の予想通りの結果が定量的に叩き出された。

「経営目標にミドルが全くコミットしていない・できていない」

ゆえに、どれだけトップとミドルが納得するゴールを設定し、一枚岩になれるかどうか。先週末行われたDNA経営陣合宿ではここが最大焦点。



そもそも企業の方向性はトップマネジメントが決めるものだが、達成できるか否かは現場を仕切るミドル層で決まるといっても過言ではない。

つまり、ミドル層のコミットメント度合いで左右される。

まさにここが肝。どんなに美しい経営計画を立てても、トップとミドルが握り合って一枚岩で全社員を巻き込んでいかない限り、ストレッチゴールの達成は難しい。



組織のDNA(根幹概念)であるミッション・ビジョン・バリューを原点からとらえ直し、経営陣で同質同温度で共有して明文化していく。

ミッションは意外と早く決まるのでは…というサーベイデータからの予想は裏切られ、社会的存在意義であるミッションから全くバラバラで大波乱。夜を徹して行われたミッション策定は、完全に夜が明けた早朝5時にようやく決定。

しかし、ミドルがコミットしていなかったビジョンは、完全に腹を割りあってミッションを作り上げた後となってはスムーズに進む。大幅な下方修正を覚悟していたものの、ほぼ想定内でミドルがコミット。驚くトップ。最後のバリュー策定は紆余曲折しながらも、全員が本気で必死になって取り組んだために予想以上に早く決定。


実は、ミッション・ビジョン・バリューは企業が存在する上で必要不可欠な概念であるが、それ以上に重要なのは、経営陣の“握り合い”である。

合宿48時間、睡眠時間2時間のハードな経営者合宿であったが、最後は社長をはじめ半分以上の経営メンバーが感動と達成感で泣いた。その涙は、経営陣が一体化した証であり、またもう逃げない、絶対最後までこの仲間と戦うという強い意志の証でもある。

このクライアントの組織変革は始まったばかり。その涙をどうパワーに変えていくか -これからが楽しみである。
「志」は高く熱く遠く
鏡の法則。 引き寄せの法則。

最近流行りのタイトル。一部の人はスピリチュアルな世界観だと倦厭する人もいるが、少なくとも人間関係においては本質は事実だとつくづく感じる。実際に身の回りに起きていることは、自分の行動に原点があるという因果の法則ともいえる。

シンプルに翻訳すると、多分「自責」、ともいえるかもしれない。つまり、すべて自分に端を発するということ。



とある経営者が集まる会に招待された。僕がお世話になっている方がその会でゲストスピーカーとしてミニ講演をするということで、参加させてもらった。

経営者の交流会なるものに参加したことがあるが、将来の顧客を求めて鵜の目鷹の目で参加する人が多く不快な思いをしたことが非常に多い。また、同年代経営者だけで集まっても人生も経営も経験値の分散傾向は非常に狭く、井の中の蛙の寄合に過ぎなくなるので全く興味の対象にならなかった。そんなことから、過剰な期待をせずに講演だけを楽しみに出席。


しかし、期待を裏切る久々のヒット。

講演もさることながら、集まった30名弱の経営者は歳も20代から40代と幅広く、企業サイズもいい分散傾向。そして何より、みな経営だけでなく楽しく人生を生きることにも前向きな熱い経営者がそろっていた。年齢や性別を超えた同士という言葉がフィットするのだろう。

そして冒頭の言葉が頭をよぎる。集まるべくして集まる人種。波動の合う者同士がお互いを引き寄せ合う -それを思った時、ハズレの経営者会に、僕自身も同じく“ハズレ”の気持ちで参加していたのでは…と我にかえる。


初参加ではあったが、そこのメンバーに一瞬で溶け込み、講演後の超懇親会が終わる頃にはどこか既存メンバー的な扱いに変わっていた。久しぶりに波長がシンクロする仲間。ただ楽しいだけではなく、自己研鑽と相互成長を望む心。


どこかいい友達を見つけた小学生のように、ワクワクしている自分がいる。今後どのように発展していくか非常に楽しみなメンバー。もっともっといい引き寄せの力が働くことを祈って。
日本人の魂
1日24時間中、ビジネスのことを考えている時間はどのくらいになるのか。

ふとそんなことを思った。

多分、寝る時間と仕事以外の誰かと会っている以外は、ほぼ頭はビジネスモード。時間が許せば、とにかく読書、悲しいかな、すべてビジネス書。そしてニュース。新聞とネットが中心。テレビはくだらなく無駄な情報が多いため見ない。

おかしいほどに、仕事のことばかり。旅行先でも、車の中も、そして新婚旅行でも変わらない。



この週末は完全にビジネスを忘れた。それは「祭り」。

そんじょそこらの祭とはワケが違う。4年に一度、オリンピックと同じ年に行われる、1100~1500年代に建立された3つの神社が合同で行う、大正時代から続く三社祭。街は1ヶ月前から提灯がともり始め、ざわつき始める。屋台も出るが、一般人のオマケに過ぎない。


メインは神輿。 これに尽きる。

徹底的な通行規制の下、うねり歩く神輿の数は50騎以上にのぼる。同じ市内でも最近人口が急増化している新興地域は一切切り離され、古くからのエリアのみに許される厳格たる祭。基本的に自身が住む町丁目の自治会が準備する神輿を担ぐ。

金曜夜は宵宮、御霊を入れる荘厳な儀式から祭が始まり、土日にかけてとにかく担ぎまくる。まさに日本人の古き良き魂の具現化とも思われるほど、超ニッポン。



僕は4年前、この祭りを本番第1日目の夕方冷やかし程度に見に行った。ちょうど1日目を終え、神社に入る寸前の衝撃的な光景と出会った。

あたりは薄暗くなり、数えきれない提灯と美しくきらめく電飾のともった神輿、そして怒涛の数の担ぎ手、扇ぎ手。極めつけは、この街独特の掛声。


あまりの感動に、無意識にも涙がこぼれた。本当に。

その夜にすべての祭り衣装をそろえ、第2日から地元の神輿に飛び入り参加したのは言うまでもない。それを機にこの街に惚れ、仲間が増えるとともに根を下ろすことを決心。いろいろな土地に住んできたが、ここまで愛着を持つのは初めての最高の街。


それから4年。いつもビジネスのことばかり考えているが、この日ばかりは一切仕事のことは頭になく、一心不乱に担ぎ叫ぶ。日焼けと肩の痛み(神輿ダコと言う)とガラガラ声と引き換えに、最高の思い出がまた増えた。


ビジネスだけが人生ではない。

土地との絆や日本人としての伝統を嗜むのも、それもまた人生なのだ。


当たり前のこと
ある朝、エレベーターに乗ると途中の階で止まった。

扉が開くと、小学校3年生と年長さんくらいだろうか、女の子と男の子の姉弟が小さな自転車を支えていた。ドアを押さえて、「どうぞ」と笑顔で声をかける。

すると女の子が先に自転車を入れて言った。

「ありがとうございます」

そして男の子が2台目を入れ終えて言った。

「ありがとう」


なんだか清々しい朝。僕が彼らをエレベーターから降りるのを待っていた時も、やはり「ありがとうございます」。



同日、オフィスに段ボールが届いた。少し重い。

何だろうと思い開封すると、前に読みたいといわれ数ヶ月間貸し出した本や雑誌が10~15冊、そしてオフに貸してあげたサンダルが無造作に詰め込まれていた。

ただそれだけ。

お礼の一言どころか、長いこと借りてて…のメモすら入っていない。



- 朝出会った小さい子供達がちゃんとヒトの行為に感謝の言葉を言える。
vs
- ダンボールを送ってきた26歳は、謝りどころか礼すら言えない。


お礼を言ってほしいわけじゃない。しかし、感謝は人間として当たり前の最低限のコミュニケーション。“ごめんなさい”はなかなか言いずらくても、“ありがとう”は言う方も言われる方も、両方嬉しい気持ちになる魔法の言葉。


大人として、いや、そもそも人間として恥ずかしいと思わないのだろうか。どんな形であれ、人の好意に感謝の気持ちを表せないなんて、憤りを通り越し、呆れをも通り越し、生きる資格すらないように感じる。


どこに原因があるのだろう。ハタチを過ぎたら基本的にすべて自己責任。全責任とまでは言わなくとも、礼の念を表すことは年齢に無関係に、生ける人間としての最低限のマナー。とすると、親の教育か?アリガトウすら言うように教育していない親が元凶なのか。


その答えは出ないが、少なくとも人間が人間であるために、感謝だけは忘れずに生きたいものだとつくづく感じた複雑な梅雨の夕暮れである。

時間価値
この冬仕掛けた極寒の社長合宿から、早3か月。

大雪をもたらした冬は春の足音とともに消え去り、春も桜とともにいつの間にか夏に季節のタスキを渡し終える -季節を超えて、合宿に参加した経営者が集まる。会員制の個室レストランに一人、また一人と顔を出す。

同じ洞窟に潜入し、山中の雪の中深夜まで焚火を前に語り、巨木を切り倒した30歳から48歳までの企業経営者は、初めて会う人もいるが世代を超えた同窓会状態。



どこからもともなく、近況報告会が始まる。黒字で決算を終えた社長、四十歳にしてマラソン大会に出場した社長、激務による睡眠不足解消のために高級ベッドを買いに行ったら高級布団まで買ってしまった社長。

それぞれの報告を聞いて皆嬉しそうな表情。やはり仲間の嬉しい話はいくつ聞いてもいいものだ。経営者経営者だけの悩みを抱え、経営者以外には誰にも理解されないもの。逆にうれしいことも同様。ゆえに、たまにはこうして経営者同士で集まるのも悪くない。

それが最大18歳も離れていても理解しあうことができ、年齢に無関係に切磋琢磨できるのはある意味特別かもしれない。



僕はただの飲み会にはあまり顔出さない。お互いが切磋琢磨できる関係でないと時間の無駄。貴重な時間を使うなら、バカ騒ぎしながらも何か得るものがある方がいい。

時間は有限であり、地球上の全生物に1000%平等に与えられた唯一無二のもの。


「引き寄せの法則」によると、起きていることはすべて、自分の行動・想いの結晶だという。もっと時間を大切に有効に使いたいものである。
ランナーズハイ
人間の「慣れ」は本当に偉大な能力だ。

もともとアスリートだったせいか、今までは1回4-5kmのランニングは時々していた。しかし、加齢とマリッジステイタスの変化とともに運動量自体は低減を余儀なくされた。

とはいえ、アドベンチャーレースはそんな言い訳は通用しない。一人で戦うならまだしも、チーム戦ゆえに仲間の足を自分のトレーニング不足で引っ張るわけにはいかない。となると、トレーニングは欠かせなくなる・・・。

8~10時間ノンストップ複合競技をこなすために、レース日に向けて徐々に運動負荷をあげ、最大心拍領域を拡大していく。35歳にもなればそこそこ脂がのり、中年体形かメタボ予備軍とならざるを得ないが、それに反比例するように身体が作られてゆくのがわかる。



それまで5kmが普通だったランニングも、タフなトレーニングを積み始めると「短距離化」していく。軽く走って10kmという感覚になってくる。それまで平地で20~30kmのバイクトレーニングも辛いヒルクライムを経験してしまうと、同じ感覚になる。

心理的および身体的距離への「慣れ」には本当に驚く。


その「慣れ」はスポーツだけではない。仕事の忙しさや難しさにも同様のことがいえる。休みなし生活も慣れてしまうと、たった2日間の休みがどえらく長く感じるし、困難だと思っていた経営課題も、どうってことなくなる。



とすると…限界を押し上げる事象が生じると、人間はその対応能力を手にする-ということか。

ランナーズハイのようにきつい瞬間がフッと心地いいものに変わる。つまり、言い方を変えると過去の限界を新限界に更新された差異がいわゆる「成長」ということになる。

「限界は自分自身の心が決める」とはよく言ったものだ。


2008年前半戦の最終月に入った。今一度、限界を押し上げてみよう。また違う視界が手に入るだろう。
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