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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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スーパー幼稚園
5歳の園児のほとんどが逆立ちで歩き、片手で側転し、小学生用の10段の跳び箱をポンポンと飛ぶ。

滅多に見ることのないテレビでそんな映像が流れていた -サーカス団ではなかった。


鹿児島にある横嶺さくらの叔父がやっている幼稚園の風景らしいが、異様な身体能力を映し出すその映像は衝撃的だった。運動能力だけでない、様々な学習面でもびっくりするような事を園児が何食わぬ顔で平気でやってのける。

どのような教育コンセプトをしているのか興味を引かれる。




運動会の徒競走などで順位をつけないのは最近よく聞く話だ。

鳥取だか島根の小学校では、学級委員さえ決めないという。

それらいずれも、格差社会の諸悪の根源だという人権団体の無意味な理想像を追い求める匂いがプンプンする。ただでさえ、ゆとり世代の社会適合性の低さや草食系男子が叫ばれて社会問題化しているにもかかわらず。

別に男だからこうあるべき、などと言うつもりはないが、男女に関係なく個を大切にするあまりにこの厳しい世の中を生きていく力を大人自らが奪ってはいないだろうか。そういう環境を作っておきながら、最近の若い者は…と嘆く姿は非常に矛盾を感じたりもする。

いや、旧態依然とした文科省の体制そのものに問題があるのだろう。そして小中高の教員制度も同じ。先生たちのほとんどが社会の厳しさを知らずに、学生からすぐに先生になる。世の中の厳しさや常識を知らぬまま子供達の大将になるのだから恐ろしい。そんな連中に育てられた子供は不幸だ。



そんな中、その幼稚園では勝ち負けを明確にし、負ける悔しさをバネに成長を促す。できないから優しく甘やかすのでなく、できるまでしっかりと援助し見守る優しさを持っている。

つまり、多分できない者に合わせるのではなく、できる者にあわせるよう教育するのだろう。


組織も同じである。できない者に合わせたら成長は停滞する。できない者を見捨てたり切り捨てるのではなく、組織が目指すベクトルに押し上げる。決して傷をなめあったりできないことを諦めるのではない。もちろんどこかで線引きは必要だが -企業はボランティアではないから。


その幼稚園の教育コンセプトには賛否両論あるだろうが、僕は賛成だ。人生の全てが勝ち負けではないが、格差は世界中どこでも存在する。それは否定できない事実であり、我々は理想郷に生きているのではない。


本当に自分の子供や従業員の幸せを願うのなら目の前の小さな傷を恐れるのではなく、将来を見据えて力強く逞しく成長する選択肢を取りたいものだ。
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叱責と愛情
組織の上に立てば立つほど増えること。

給料も増える(だろう)が、業務責任の上からのプレッシャーと下を叱ることのストレスも増えるのは当然である。それが給料の差額分だとも言える。


「叱ること」


これが非常に難しい。「叱るより褒めよ」という言葉もあるが、褒めて叱るに値すべき態度や失敗が解決されるなら褒めちぎりまくる。しかしそうはいかないし、叱らなければ部下は成長しない。また何が何でも叱ればいいというわけではなく…この絶妙なバランス感覚が叱ることを難しくしている気がする。また叱るといっても、さまざまな個性を持つ部下たちを「どのように」叱るかも十人十色で選択や切り替えが大変であるのも事実。

どちらかというと、後者のほうが難しいのかもしれない。



自身を振り返ると、どちらかというと叱ることに抵抗はない。

道徳的に→常識的に→顧客視点的に→ビジネス的に正しいかどうかという明確な基準のもと、間違ったことをしているなら伝えなければならない。そして関係摩擦を恐れてフィードバックしないことの方がすべてに悪影響を及ぼすと信じているからだ。しかし、そもそも本気で叱るにはその対象への圧倒的な期待と愛情がなければできないが。


『どう叱るべきか』。これが本当に悩む。


どちらかというと、本気で叱り、済んだらカラッとしているスタイル。ただし、かなりキツイ。役員をしていた時も、かなり周りから恐れられていたし、務めていた時はそこの社長にさえ「言葉に殺傷力がある」とまで揶揄されたほど。

分かっていてもなかなか叱り方一つ変えるのは難しい…。





よくある個人特性やモチベーションドライバーに合わせて叱り方を変える、などという分析は、実践現場では机上の空論に近い気がしてならない。

巡るましく刻々と動くビジネスの現場で、彼はこういう特性だからこう叱る、彼女はああいう性格だから、ああ叱る… そんな瞬時に叱り方を変えるなんて部下の数が極端に少ない場合以外はなかなかできない。


もしくはそこまで器用じゃないのかもしれない。


そうこうしているうちに部下はポカミスから重大ミスまで持ってくる。失敗から学ぶからミスは問題ないのだが、必要な時に叱るその叱り方でいつも考えさせられる。悩みは尽きないし、こればっかりはなかなか解決しそうにない。


ただ少なくとも、今の叱り方でも怒られた原因とその背後に隠された期待や愛情を理解して、凹みながらも一緒に頑張る部下に感謝しなければならないのは事実だ。


実は、上司が最も育てられているのかもしれない。


人が変わる、組織が変わる

350日ほど前に出会った九州にある50年の歴史を持つ老舗企業。

たまたま出張帰りの羽田空港で僕の本を手にしたことから出会った運命。


平均年齢は45歳を超える経営陣と初対面した時は、本当に歴史をも変える組織変革ができるのか面喰ったのをかすかに記憶している。

そして、現状組織の分析をし、社員一人ひとりのインタビューをするたびに、「東京から来たヘンカクシャ」風の冷ややかな視線を受けた。どの企業でも変革初期にあることだが、50年という歴史の重さは今まで組織変革に携わってきたベンチャー企業より痛いものであったこともなんとなく心に残っている。





しかし奥多摩での経営陣合宿でその懸念は稀有に終わる。落ち着いてはいるが誰よりも情熱を秘め、50年間続いてきた企業をさらによくしたいという希望と野心にあふれていたのだ。

数か月後、九州から遥々群馬まで社員全員が足を運び、理念の体感を通じた共有を行い、さらにそれをベースに理念を浸透させる自主運営チームを発足。

続いて採用も教育も理念を基軸に変革を続け、かつてないほどに経営陣が完全一枚岩化し、続くように急速に社員が一致団結を始めた。


それと同時に、突き進む未来が明確になり、共に歩む仲間の価値観が求められるとついていけずに脱落する者や路を違える者も出てきたのも事実。


しかし、変革の黄金律は「NO PAIN, NO CHANGE」である。

痛みがない変革は変化はないのだ。変わるということは痛みを生じるものなのだ。穏便に済ませようなどという都合のよい改革は存在しない。



先日、少しのメンバー変更はあったがその企業の納会に呼ばれた。
1年間を振り返り、経営陣から業績結果と総評と労いのスピーチがあった。


昨対売上高成長率 『110%』。


絶対数値的には驚くには値しないかもしれない。しかし、昨今の世界的大不況、史上最悪の不動産関連業界の破壊的打撃、そして東京と比べた九州という地域的な不況格差など諸々を加味すると、軒並み売上高ダウンや倒産が相次ぐ中での110%という成長率は驚異的だと言えよう。


社長のスピーチの中で最も印象的だったのが、「社員の変革への前向きな理解への感謝」という言葉。

この言葉は社員に響いたのではないだろうか。

経営陣を軸としてDNAである理念を再構築し、社員に浸透・理解・行動化させて組織V字回復のきっかけを作り、昨年9月以降の加速的な経済悪化をもろともせずに成長し続ける組織。そして全員でなくとも変革を前向きにとらえて微力ながらも協力しようとする社員の気持ち。

まさにラーニングオーガニゼーションといえよう。心から拍手を送りたい。


不況の大波はまだまだ続き、変革も半分ほどまで進んだに過ぎない。しかし、この組織なら着々と余力を積み上げ、間違いなく来たる時期に爆発的成長を遂げるだろう。


それまでは『少社多魂』の精神を忘れずに共に笑い泣き怒り悲しむ苦楽を味わい、一心同体の気持ちでサポートしていこう…と誓った九州の梅雨空である。






変わらない11年
「たくちゃん元気~?また会社始めました!ゴハンしましょ♪」


文章こそ短いがその言葉に秘められたパワーとバイタリティが溢れ出すようだ。かつて人材企業を経営し、16年間黒字を出し続けた敏腕女性先輩社長。お会いするのは久しぶりだが、その時間を感じさせないほど柔らかで温さがこもっている。


すぐ返信し、お会いする日程を調整し、ワクワクしてその日を待った。



思い返すと、最初に出会ったのは1998年…。僕はまだ外国人だらけの企業の人事関連マネージャーで経営の仕事どころか経営者のケの字も興味がなかった、ただの勢いだけで生きている若造だった。

それでもどこか感覚が似ているところがあったのか、時々情報交換や仕事でお会いする関係が続き、それから5年後、多くの先輩経営者のサポートで僕は独立して同じ立場になった。


出会いからかれこれ11年が経ち、今回数年ぶりの再会は霧雨が降る昼前の高層ビル最上階にあるレストランだった。






「人との出会いは必然だけど、人生はギャンブルだから今を楽しまなくちゃ」

眼下に広がる雨の六本木を眺めながら言う。


人との出会い -惹かれあうからこそ時間という制約を超えて人間関係が続く。それが必然の出会い。自分にとって都合のいい時にだけ接するレベルの人間関係はただの「交通事故時の出会い」。ゆえに真に必要な人との出会いは必然。

同感。

人生はギャンブル -その方の言葉をお借りすれば、まず日本に生まれたこと自体が運=ギャンブルみたいなもの。運任せで生きるという意味ではなく、それ自体の“好機”を積極的に楽しむほうがいいということ。

同感。


世の中は不景気真っ只中でいい話よりもよくない話ばかりが耳に入る。そんなことを吹き飛ばすかのように、新しい会社を創って未来にキラキラし前向きに人生を楽しんでいる社長がカッコよく見える。

その姿は11年前と変わっていないのだ。 やはりこうでなくては!



自分もそんな風になれるのだろうか。加齢とともに勢いもパワーも減衰していく人が多い中で、気持ちと体力と脳みそをどれだけフレッシュに保ち、人生そのものを遊び倒す。


新しい期に入ったタイミングで素敵な方とお会いできたことに感謝しつつ、気を引き締めて実りある1年にしたいものだ。





感謝、そして…
7月7日 -会社設立記念日。

早くはない33歳からの独立から早4年が経過した。人生の中で最も早く、そして最も濃い時間であり、それまでの人生観を徹底的にひっくり返されたような4年間。経営はON/OFFがつかないほど楽しい。


一方で、どれだけ感慨深いかというと、実はそうでもない。

太陽は相変わらず東からの昇り、西に落ちる。日常は淡々と流れているし、やるべきこともわかっている。不公平だけのこの世の中で時間だけが万物に平等にあるにすぎない。

しかし、その時間に意味付けできるのは人間しかいない。



毎年必ずショート&ロングターム・ストラテジーという目標設定管理シートを策定している。自分たちで決めたことをどれだけ日々意識しているか、達成できているかを自問自答するありふれたツールだ。

ただ、ビジネスとプライベートの両面=ON&OFFは必ず交差し、切り離すことはできないと思っているため、セットでレビューするようにしている -頻繁に、そして日々。


できたこと・できなかったこと…反省はいろいろある。

今年は売上成長率は150%を超え、アドベンチャーレースでもまずまずの功績を残すことができた1年。一方で注力する予定だった広報関連の強化や行動心理学など手つかず、または中途半端になっているものもある。


自社開発のストラテジーシート上でできた/できなかったをチェックして次年度の目標との整合性をとっていると、面白い事に気が付く。それは…

「自分が思い描く目標以外の大きな出来事は起きていない」 という事実。

天災や市場の変化など自分の意思でどうにもならないものはしょうがない。しかし、自らがハンドリングできるものに関しては、ほぼこの法則が当てはまる。





「鏡の法則」 -今の自分に起きていることは、すべて自分の写し鏡の結果である。

やろうとなんとなく頭に描いていても、行動しないと何も生まれない。結果はともかく行動することによりその鏡の中の自分も変わる。つまり成功するか否かは別として、何かが変わる。


このショート&ロングターム・ストラテジーシートも実は同じ。目標を意識して意識して意識して一つでも多く行動に移すと、自然と結果が変わる。この1年間で起きたことも、実は自分の行動化とほんの少しの運。そう思うことができれば、言い訳はあるにはあるが、どんな結果であろうとすんなり受け入れられる。あくまでも結果は自分の行動の最終型でしかない。


そのプロセスを正しく確実に着実に歩むために、このシートは存在するのだ。


まだまだ回復基調が見えない日本経済で、どれだけ頑張っていけるのだろうか。
自分が思い描く目標や未来に胸を張って歩んでいきたいものだ。
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