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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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力をつけるということ
お盆の真っただ中の土曜日。

どこもかしこも行楽地はヒトヒトヒトヒトの嵐。そんな浮かれた世界を離れ、まるで世の中とは全く無関係といっていいほど平常な里山へ向かう。

青梅の最終駅の集合場所にはアドベンチャーレース仲間が次々と集まってくる。見た目は山へ向かう中高年の方々の方が「ザ・山屋」風。我々のほうが軽装で、ちょっと川原でBBQ?的なレクレーション・イメージ。


しかし、実はレクレーションの実態は全くドMで変態な合宿 -9月のアドベンチャーレースシリーズ・最終戦のトレーニング。



このエリアは地の利があるため今回のコースディレクター(行程作り)は僕。国土地理院から25000分の1の地図を特殊アプリケーションを使って印刷し、ルートと種目を決めてチェックポイント(CP)を地図上にマッピングする。

距離・高低差・想定道幅・CP間の種目決め。頭の中で地図を3D化しながら本番レースに近いルートを設定する。今回は初参戦の仲間も増えたため、レース自体をイメージできるものでなければならない。


MTBで6kmヒルクライムした後、MTB担ぎ上げること標高差150m・1km。そのままダウンヒルでベースキャンプまで戻る。MTBを置いてすぐさまリバートレック。川を遡上すること1.5km、全身ずぶぬれ・泳ぎセクションあり。そのまま標高差600m・6kmかけて峠まで登り、そこから1400mの山頂まで縦走。下りは8kmトレランでノンストップ。

まさに3種目・8時間で32kmを走破するトレーニング。



レース参戦に名乗りを上げたメンバーは必死に歯を食いしばりながらもイキイキとついてくる。そしてその日に初めて顔を合わせたメンバーもアドベンチャーレースで何よりも重要なチームワークが醸成され始めてくる。

もちろん僕たち自身のチームも、トレーニングを通じて効率的な役割分担や自分達の長所短所やレースに必要なテクニックを習得する。

ゴールした時の彼らの安堵と達成感に満ち溢れた表情はとても印象的だ。



戦う力は一朝一夕には身につかない。何度も何度も努力と行動を重ね、様々なトライ&エラーを繰り返してよりベターを求め続ける。

簡単に何かを諦めたり、イヤなことから逃げたりするのは簡単だ。手に入れたいものがあるなら、運を天に任せるのではなく自分自身で手に入れる努力をするのだ。それはツライことかもしれない。

しかし、ツライ時こそ飛躍するための「バネをためている」状態。楽して伸びきっているバネでは伸びない。


これからもレースから何を学べるのか。もっと追及していきたい。

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歳を越えて
これまで何十社という企業に対して理念経営を基軸とする組織変革に取り組んできたが、その中にいくつかの傾向を見ることができる。

本質的な理念経営とは短期的な儲けやITバブルのような市場トレンドに乗った経営とは対極にある。売上等の指標ではなく、自社の社会における存在意義を明確にし、そこから数値や短~長期的な目標に落とし込み、あくまでも理念に忠実に淡々粛々と経営をしていく。

理念があるから軸がぶれず、判断もあまり間違わない。そして何のために企業が存在するかが明確になっているから、人材の選択もミスマッチが少なく離職率も低い。


一方、勢いやトレンドに乗って瞬間濡れ手に粟的な行き当たりばったりの経営をしている企業は、ぶれも大きく組織が不安定。そもそも理念が理念になっていないのに、上っ面な魂の入っていない理念を無理やり押し付けようとしたり、自分自身が常に発しているわけでもないのに浸透してないなどと嘆く。

しかも、そういう企業のトップに限って、経営理念浸透には興味を示さない、もしくは理念は大切にしている風でも、最後には「研修」という部分最適化手法で済まそうとする傾向を本当によく目の当たりにする。




200年続くある企業。現在の厳しい経済状況の中で、心機一転組織の変革に乗り出す決意に腹をくくった。

200年存続する中で理念の根本は変わらなくとも、その時代に応じた理念表現に変える必要がある。また社員が大幅に入れ替わったり方針が変わる際も理念を軸に策定し、浸透し続けなくてはならない。


経営陣全員の魂を込めて経営理念をリフレッシュして策定し、そして全社員に発表・浸透の後、体験を通じて浸透と理解を徹底的に深める合宿が行われた。歴史があるだけに参加した社員の平均年齢は40歳を超える。

その半数が女性であり、ラフティングという激しく体を動かす実体験を共有すること自体大変だし、それまで長期間にわたり働いてきた概念を多少なりとも変えることは困難であることを覚悟して臨んだ。

しかし、予想はあっけなく裏切られた。



一般的には年齢が若い方が考え方を変えやすいと言われるが、この企業の社員のほとんどが違ったのだ。理念を体感的に理解するプログラム強度は同じであるのに、社員一人ひとりが真剣に取り組み、ベンチャー企業の若手以上に真剣に考えている。

ある意味、会社がやることに感情的に斜に構える幼い言動が多い若手とは違い、大人の態度ともとれるかもしれない。しかし、大人ぶった態度であるなら適当にその場に合わせた態度になるものだが、それもなく大真面目に経営陣が魂を入れた理念を本気で理解しようと奮闘している。


まさにビジョナリーカンパニーへの第一歩であるといえるだろう。合宿の最後に社員の8割にあたる人数がトップの思いと仲間と働くことに感動と感謝の涙を流し、一気にそして急速に組織の心が一つにまとまった。


経営理念を持つことが重要なのではなく、それらを浸透させ続け社員が自ら率先して実践していく企業。そこまで変革していくのが我々のミッション。決してかっこいいクレドカードを作ることが先行してしまうようないい加減な仕事はなしない。想いを大切にし、想いで人が動き、その結果として企業が反映していく本当の理念経営を実現化したい。


我々の言動もまた、理念という重要な信念で動いているのだ。
20 years

階段を上がりると、すぐに受付だった。


「あ、丸山君!!」 「変わってないねぇ 今何してるの?」

受付に座っている女性が笑顔で話しかけてくる。適当に返事をしながら会費を払い出席簿に名前を記入する。

(って君はいったい誰??なんで僕のことが分かるの?)


20年ぶりの再会だった。しかもある担任の先生にお世話になった人が発起人5名が今でも付き合いが続いている人だけを頼りに声をかけて集まった変な同窓会。もちろんその担任も呼んでいる。

1年から3年の間のどこかで1回以上その先生のクラスだったメンバーだから全員がお互いを知っているわけではない。ただ唯一先生だけが全員を知っていることになる -当時のアルバムで予習をしてきているのなら。





当時の僕は生徒会で保守的で頭の固い先生たちと校則の緩和と生徒の自由のために派手に戦っていた。というと聞こえはいいが、単に無駄に厳しい校則が嫌いだっただけだが。ゆえに、先輩たちとつるむことが多く、クラスの仲間にはあまり興味がなかったため、集まってきた仲間の大半を覚えていない。

しかし、周りは本当によく覚えている。あーだったこーだったと様々な当時の事件に話が飛びながら会は進んでゆく。完全に乗り遅れた…というか会話についていけない僕をひそかに残して。


それでも幸運なことに、くじ引きで席が決まったのだが先生と席が隣。当時28歳だった美人教師。だから、というわけではないが、よく反抗して数回泣かせたことだけは今でも鮮明に記憶している。

記憶もさることながら20年もたてばさすがに・・・と思いきや、アンジェラ・アキにそっくり。いや、年齢を当てはめたらアンジェラ本人に失礼かもしれないが、まったく歳を感じさせない素敵な教師になっていた。

よほど素敵な歳の重ね方をしてきたのだろう。





高校の教師として今や経験20年のベテラン、そして娘2人の母親でもあり、そして僕もまた組織という人に関わる仕事をしているため、教育の話で盛り上がる。

新米の若手教師に対して理由なき反抗ばかりしていた自分が、こうして20年の時を経て対等にしかも教育について語るなんてとても不思議な気分。

最後に先生はこう言った 「自分だけが成長していない気分」だと。多分それは錯覚。幼い学生を育て上げる質は必ず向上しているのだ。ただ、学生が大人になるスピードと比べると置いてけぼりを食らった気分になるのだ。

そういえば、自分の塾の教え子と十数年ぶりに再会し、彼らのその大人っぷり=「当り前といえば当たり前の成長」に純粋に驚いたことを思い出す。

そして僕なりにこう答えた。

「先生は成長していないのではなく、その限定期間の役割を全うした、もしくはその高等教育時代の責任を果たした証拠ではないですか」



次はいつかはわからないが、少しは成長してまたアンジェラに会いたいものだ。





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