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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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“自称“プロフェッショナル君
ここのところ非常に考えさせられる、いや悩まされる事柄に“自称”ホニャララがある。


私は○○のプロですから! 僕は○○には長けていますから!

それが金銭が発生しないお付き合いならばいい。しかし、ビジネスでこれをやられるととてもアタマが痛いしフトコロも痛い。


ビジネスにおけるプロとは何か。

プロ論には枚挙にいとまがないが、少なくとも、顧客が支払い対価に対し十分な満足を得られる結果もしくはプロセスを残すことがプロというものだろう。

自らをプロと謡うのは自由だ。

百歩譲っても、質がいまいちでもプロと称することは可能だ。いうまでもなく確固たるスタンダードが存在しない限り、質の良し悪しは顧客の感覚的判断で下されるからだ。それはその低レベルを見抜けなかった指名側にも問題があり、痛み分けかもしれない。


しかし、それ以上に困った君達が存在する。





まず、軽度の困った君とは、委託側より仕事がデキない場合。

こちらはそのフィールドに明るくないゆえ、その手のプロに業務を委託しているにも関わらず、委託側にいちいち支持をしなくてはならないことがある。

委託側が指示はその専門領域の話になることはなく、「“素人”でも論理的に考えたらありえない」ことをプロが行っているケース。つまり依頼側が期待しているレベルに自称プロが全くリーチしていない。

その理由はいたってシンプル。

一つは、本物の“自称”君=取るに足らない平凡レベルなのに自分はできると思っている「カンチガイ君」。
一つは、そこそこプロなのだろうが、依頼側の頭が良すぎて期待値を全く下回っている「平凡に毛が生えた君」。


この期待値のズレはよく起こることであり、受託側にも委託側にも責任がある。まさに、「ご期待に添えず申し訳ありません」状態だ。




重度の困った君とは、結果以前に自分で言ったことすらやらない“自称プロ”、いや“詐欺師”である。

言ったこと、つまりコミットしたことすらやらない -これは立派な詐欺罪である。


○○を提出します!○○迄に仕上げます!


プロとして委託されたアウトプット以前に、結果を生むプロセスさえまともにできない・やらない詐欺師は本当に迷惑極まりない。このズレは言うまでもなく100%受託側の責任である。


常時パーフェクトであり続けることはなかなかできない現実があるのは仕方ない。どうしてもやんごとなき理由は時にはあるだろうから、それをしかと委託側に伝え了承を得ているなら問題ない。しかし、往々にしてこのレベルの詐欺師はとにかく無責任極まりないことが多い。


そのくせ金銭の支払いだけには敏感で、自らのアウトプットという責任を放棄・無視する最悪のケース。訴訟が起きても不思議ではない…(アメリカが小訴訟が多いのは単なる訴訟好きだけでないのかもしれない)。



ここ数カ月でもそういった現実を目の当たりにしてきている。見抜けない自分を猛省しつつ、少なくとも自らの責任とコミットメントを死守することだけは、経営者として・プロとして・ビジネスマンとして・一人の人間として守りたいものだ。



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自分の素
仕事を早めに切り上げ、車を北に走らせる。

小学校高学年から社会人になるまでいたそのエリアは当時よりものすごく発展しているが、所々当時の面影を残し淡い記憶を解きほぐしていく。


今日は何を話そう?


いつもなら論理性と優先順位が頭を支配しているから、どんな状況だろうと-結婚式でいきなりスピーチを頼まれても- 一瞬で会話や話を組み立てることができる。しかし、今日は最終的に何を伝えるかは決まっていたが、何からどう話すべきかは全く見当がつかないでいた。

こんなもどかしい鈍い頭の回転数を味わうのは久しぶり…材料は目の前にたくさんあるが、どう調理したらいいかわからない料理ができない主婦のようだ。



昨年のやることの最後の達成 -師匠に会うこと。


その時はゲリラ訪問ゆえにものの数分しか話せなかったために、仕切り直しになったのだ。それはそれで頭の中を整理するいいキッカケにもなった。そして正月の帰省中に当時学校で書き記していた学級日誌のようなノートを見返し、あの頃師匠が伝えたかったことを成長したであろう現在の頭で翻訳し直す作業もできた。


待ち合わせ場所に着くと一言、「よう!」相変わらずの男勝りな口調。

予約しておいた落ち着いたハワイアンレストランであらためて再会に乾杯。師匠と飲むのは初めてだ。適当に注文をしてからは、話が流れるままに任せる -僕のことは所々で報告すればいい。僕が何をしてきたよりも、中学卒業から22年が経ち、37歳の自分がどんな人間になったのかを少しわかってもらえばいい、そう思い直す。


はやり中学の教師だけに教育の話題が中心。

僕も教育には非常に興味を持ち始めているだけに話は尽きることはない。いや、正確には師匠が7割方話しっぱなし。自分のこと、息子のこと、生徒のこと、部活の事、学校のこと、最近の教育傾向のこと。

僕はニコニコしながら、師匠の相変わらず熱い話に耳を傾ける。



ふと気がつく -あの頃よく叱られたりノート3ページにわたって赤ペンでビッシリと小言を書かれたりしてきた師匠が伝えたかったことが今でも全然変わっていないことに。


一人では生きていけない、何よりも仲間を大切にすること

自分がどう思うかではなく、相手がどう思うかであること

愛情の反対は怒ることではなく、その人間を無視すること


そしてまさに教育現場にも多々携わる現在、師匠の考え方すべてが手に取るように理解できる。しかも師匠の教えを、無意識にも自分が死守し発信していることでもあった。


そしてある結論に辿りつく。

僕はこの人の教えが土台になっているということを。



もちろん今の性格や考え方、そして人間性は両親や仲間関係、海外放浪、外資系勤務でも培ってきたには間違いはないが、少なくとも己の理解が芽生える中学時代に受けた師匠の想いがしっかりと心に刺さっていることは事実だ。

大袈裟かもしれないが、言ってみれば「両親以外から受けた自分という原点」。


それを確認できただけで十分な価値があった再会。次に会うのはいつの日だろうか。

多分、この教えも関係もこれまでもこれからも変わることはないだろう。

年が明けて
早いものだ。

昨年1月第1週に自社の戦略合宿を開催してからもう同じ時期を迎えている。

「人生を戦略的に生きる」を軸に、自分がどのように生きていきたいのかを物音一つしない静寂だけが支配する山里で焚火をしながら自分を見つめる時間。


日常生活だと様々なノイズに集中を削がれ、まともに考えることができない。そうでなくとも、目の前の仕事や事柄に縛られるためになかなか老後までの自分の生き方を考えるなど至難の業だ。


だからこそ合宿という時間をとり、自然x焚火という脳科学的にも落ち着き自分と向き合える環境下で人生を練る。

行き当たりばったりではなりたい自分にはなれない。たとえ様々な事柄が運命だったとしても、運命は自分の意思とは無関係な外部要因であることを考えると、やはり自分のなりたい姿を明確にして、自分ができることをは自助努力によって歩んだほうがいいというのが持論。

瞑想や修行のようだとか、アホくさと言われることもあるけど、うまくいかない自分の人生を他人のせいにするよりはましだ。





去年はONもOFFもだいたい達成してきた。仕事はまだまだ反省することも多いが、プライベートはほぼ完璧なほどに。

今年は何を目標(のぞ)むのか。


→ON
 ・メディア広報強化 : DVD+小冊子配布展開
 ・大学連携強化 : 組織行動学系統の大学授業とのコラボ
 ・執筆活動開始 : 2011年ビジネス書2冊目出版

→OFF
 ・アドベンチャーレース : 総合10位以内 / 60-80チーム中
 ・72km/24時間 山岳耐久マラソン : 15時間以内
 ・座禅習慣化 : 月1回


総じると、『脳ミソ・精神・身体をシャープに保ち、スマートに情熱的に』ということか。




素直に、自分自身の自分の理想は高い -しかし、それが原動力。

年を重ねるとともに好奇心は摩耗し、いつしか攻めの姿勢を忘れて守りに入る傾向が強くなる。

それが悪いとは思わないが、自分らしいかというとそうは思わない。経営者が農耕民族になってはならない。常に狩人であるべし。それは目的・目標をどこに置くかで決まるのだろう。


目的・目標ありきの人生。それがなければ何のために生きているのかわからない。

達成意欲が自分を奮い立たせ、辛いことを乗り越えるパワーとなり充実感へと変化する。


今年も一歩一歩前に進むのだ。偉大なる結果は、一歩の積み重ねでしたなしえない。
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