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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
意識が引き起こす驚異的成果
14か月前、その事業部毎の収支報告で、企業規模にしては巨額の赤字を垂れ流していた。

当時はまだ他の事業がそこそこ元気だったため、トップも檄は飛ばしていたもののオオゴトにはしていなかった。


しかし市場が冷え込み始めると、それまで飛ぶ鳥も落とす勢いだった事業部も急速に落ち込み始めBEP前後を漂い始め、一気に暗雲に覆われる。昨今よくある経営変化パターンだ。


それでもその事業部のトップはいまいち危機感を感じていない様子。社長や外部ブレーンとして参画している我々から突っ込みが入ってもこたえていないようにさえ感じる。しかもそれだけではなく、経営状況を分析していくうちにとんでもない事実が発覚。その彼が兼務していた別の事業もかなり杜撰な状況。見る見るうちに化けの皮が剥がれていく…。


問い詰める社長。事実を受け止めはするが、本人の変化兆候は一向に見えない。押し問答と他の経営陣との摩擦や亀裂が悪化する。僕が参加する月末の経営会議では毎回かなりピリピリした雰囲気が漂う。





新年度。

赤字を垂れ流し続けている事業部のトップから提出された新年度事業計画書にはがとんでもない目標数字が描かれており、経営陣全員が『不可能』だと感じ『またか』という諦めにも似た声にならない雰囲気が流れた。


昨対で『成長率150%』が描かれていたからだ。


社長までもが「妄想のような目標を立てて結局できませんでした」はもう聞きたくない!と言い出す始末。他の事業部は企業目標と整合させ若干の調整があったものの、その事業部目標には変更がなかったのだった。


あれだけ杜撰な事業部経営で赤字を垂れ流していたにも関わらず、どんな根拠があって夢のようなV字回復ストーリーを描けるのか。誰もが半信半疑だった。





新しい期が始まって2カ月。

正直、その事業部がおかれている環境やSWOTを分析しても、回復はそう簡単ではないのはよく分かっているつもりだった。その他の事業部が回復に悩む中、その事業部はなんと目標数字の90%以上を達成した。まだたった新期2カ月目だが、売上高で160%、営業利益で180%の改善を叩き出したのだった。

彼は有言実行でやってのけたのだ。


事業部トップにKSFを尋ねると、彼は「死ぬ気でやっただけ」と答えた。そして90%に達しなかったら給料全額返還するつもりだったと胸の内を打ち明けた。


意識を変えると行動が変わる。人を動かす大きな、かつ唯一の原動力。人間の行動はすべて本人の意識からのみ生まれることを証明した今回の「事件」。



意識というスイッチを切り替えて必達路線をひた走る生まれ変わった彼に続き、他の事業部トップも感化されて頑張ってほしいものだ。


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イチローとの遭遇
なんの偶然か、ランチタイムに「イチロー」と出くわした。


僕自身はゲーノージンもカシュもスポーツセンシュにも全く興味がない。もちろん応援しているスポーツチームはなく、ファンと呼べるアーティストもいないし、野球に至っては球団の数どころか正式な球団名すら分からない。

ゆえに、どんな有名人を見かけようとも、車が通った・信号が変わった程度にしか思わない。


あるカフェの前でビジネスマンやOL達が騒いでいるのを横目で見ながら通り過ぎると、部下が「あ、イチローだ!!」と声をあげてはじめて、気がついた鈍感さ加減。街で芸能人をみて「キャーキャー!」とか「ラッキー♪」とかやっていることが全く理解ができない悲しいタイプの人間だ。





ファンには申し訳ないが、イチローも同様の対象でしかない。ただ、違った感情も同時に浮かぶ。


彼の言葉だ。

「いま小さな事を多く重ねることが、とんでもないところに行くただ一つの道」

「毎日血の滲むような練習を繰り返してきたから、今の僕がある」


聞くと当たり前のことなのだが、それを続けることができることこそ、非凡な能力なのだろう。どうしても無意識に大きなことを容易く、とまでは言わなくともそこそこの努力で成し遂げたい、通称“エビタイ”という浅はかな期待をしてしまう。しかし、そんなに甘くはない。だからこそ、それをコツコツとやり遂げているイチローはスゴイのだ。

「この人が生のMr.努力の人か…」


彼の姿を窓越しに見かけて、そんな畏敬にも似た感情を覚えたのも事実だ。





最近、日経新聞に写真付きで大きく取り上げてもらった際、多くの方から見たよ!報告をいただいた。

その中の一人が、まだまだヘナチョコです…と言う僕にこんな言葉をくれた。


「今までちゃんと積み上げてきたからこそ、掲載されたんだよ」


嬉しい言葉だが、これもまたやり続けていくことに意味がある。たまたま今回は新聞掲載という花が咲いただけのこと。イチローと同じく、全ては積み重ねだ。ふと仲よくしてもらっているプロのアドベンチャーレーサーの言葉が脳裏に浮かぶ。


『花が咲かないときは、下へ下へと根を伸ばせ』 


一歩一歩大切に歩んでいこう。

男子厨房に入る
20年来の趣味の一つ、『料理』。

昨今の男子の草食化が後押ししているせいか、料理をする男性が増えているらしい。しかも自分で簡単な弁当まで手作りして会社で食す若手もいるとか。

もちろんその背景には徹底的なコストセービングもあるだろうし、もしかしたら会社の同期や先輩や上司とわざわざランチをしに行くのが煩わしいという心理もあるのかもしれない。


理由はさておき、男女関係なく料理をすることは素晴らしい。

健康に気を遣うようになるし、生命力維持スキルもあがるし、ついでに弁当と同じで(概ね)ローコストだ。そして作品ががひどく不味くない場合は、自分も嬉しいし相手がいる場合はその喜びも二乗だ。しかも特に男性が料理ができると女性に重宝がられる! -いいことずくめである。ついでに老人にはボケ防止にもなる。しかしそれ以上に注目すべき点がある。





『料理は“段取り”が8割だ』

この言葉は僕がハタチの頃から年末年始居候していたスキー場のペンションのオーナーに教わったもの。

作っている途中に、あれを切り忘れた!これを混ぜ忘れた!というのはあり得ない。プラモデルを感覚で作ってパーツがはめ込めなくなるのと同じだろう。何をどんな順序で作り、どう盛り付けて食べるのか、までをシュミレーションして調理を進める。同時に複数の料理を作るには特にそうだ。もちろん作るだけではない。調理器具の整理整頓やキッチン周りの清潔性維持もその行程に含まれている。


主観ではあるが、料理はビジネスに通じると思う。その関係性についての書物も多く存在するくらいだ。

必要なものを必要な状態にし、タイミングを見て調理し、味という方向性をチェックし、ベストなタイミングで食す。仕事の根本的な進め方も同じであるのは言うまでもない。段取り・優先順位付け・味見・納期など本質的に酷似している。





これまで合宿にて今まで数え切れないほどの主に男性の料理シーンを目の当たりにしてきた。あくまでも感覚論だが、面白いことに傾向的に料理ができる人はみな論理的な傾向が見られた気がする。言うまでもなく、料理ができないからといって仕事ができない、などとは思っていないし、料理はできても感覚的な人がもいるのも事実だが。


少なくとも、男女問わず料理はできるに越したことはない。


ただ、本を見ながら作るなら味にもプロセスにもリスクゼロだが、ビジネスという点を無理矢理絡めるとするならば、料理本は「受け身の調理人」にしてしまうためNGだ(笑)。料理という創意工夫や想像力も、頭の中で段取りを組む建設的思考回路も強化はされないから注意が必要かもしれない。



!そうだ、最近ロジカルシンキングを始めた仲間に料理を提案してみよう。
フットワーク
久しぶりにアドベンチャーレースのチーム会合でメンバーが集結。

みなそれぞれONにOFFに忙しくしている合間を縫ってレースに参加したりトレーニングを行ったりしているため、チームが一堂に会すのはご無沙汰。それでも誰かがフェイドアウトしたり仲間から外れたりなどすることなく、気兼ねなく集まれるのはとても嬉しいことだ。


そしてお互いの近況を話したり、レースの写真を肴に報告会を行う。

それぞれが大会に参加しているためその苦しさや達成感は皆知っているだけに、写真に写る苦しそうな顔や笑顔の意味を理解し盛り上がる。戦友だなぁと感じる一瞬だ。





先月初参戦したドエムで超頑張り屋の女性メンバーの紹介で、レースに興味を持った新メンバーが加わる。


彼はなんとなく興味がある程度ではあったが、一度レースの面白さを知ってしまったドエムなメンバーから営業のクロージング状態のようなアピール攻撃にかなりやられた模様。

とりあえず11月下旬の千葉の大会にほぼエントリーすることが強引に仮決定されたほど。なんとなく丸めこまれた感はあっただろうが、その後の発言がスゴイ。


「じゃ明日からまずは少しランから始めるよ」


以前からスポーツはしていたらしいが、レースのためにすぐにそう決心できるトコロが素晴らしい。


説明を聞いてなんとなくわかるようなスポーツではないのがアドベンチャーレース。コースは当日まで分からないし、コース総距離も最低でも50km以上はあるし、天候にも左右されるし、夜も含めての十数時間のレースだし、3人というミニマムなチーム戦だし、複数のアウトドア競技をすべてこなさなければならないという、一般人には意味不明の変態レースだ。


そんなレースに対して「まずはやってみる」という好奇心とチャレンジ精神とフットワークを持った人物はそうはいない。



今後の大会が楽しみである -そして末永く仲間として活動していけたら最高だ。
いかに考えていないか、を考える
仕事柄、プロポーザルだけでなく組織分析やレポートなど様々な正式な固い文章を書くことが多い。

その量にしたがって部下への配分も多くなる。簡単なものからどんどん権限委譲し責任を持って作成してもらうことが多いのだが、正式なビジネス文となると簡単にサクサク書くわけにはいかない。


数ページから数十ページに及ぶ文章がすべて論理立てられていないとならないだけでなく、その項目で書くべきことにしっかりとフォーカスされ結論が導かれているか、それがプロとしてのレベルに達しているかなど、かなり高度なアウトプットが求められる。


正解や模範回答がない分、文章をこねくり回したらキリがないのだが、そのループにハマると頭がウニになる。部下ができました!と威勢良くドキュメントを持ってくるのだが多くはNG、少なくとも5~10回はダメ出しするからだ。

まさに成長真っ最中の部下は常に格闘している様子。いい傾向だ。うむ。





仲間がビジネススクールでロジカルシンキングを受講し始めたのだが、最初のクラスからしょげかえって帰ってきた。

どれだけ「考えたつもり」になっているかを思い知らされるのだ。表面的な結論やモレやダブりがありまくりで、いい加減に考えたわけではないが結果的に超いい加減なアウトプットになっていることが多い。当時そのクラスを受けた僕は、その事実を知らされた時のショックは彼の名言と共に今でも覚えている。


「いかに普段考えていないか、を考えろ」


それなりに頭を使って考えているつもりである。でも全くできていない悲しさ、惨めさ。そんな悔しさを味わうこと数年。当時の全教科を終了する時には、自分がいかに未熟だったかを懐かしく回顧できたものだ。だからその仲間や部下の気持ちが手に取るように分かる。しかし、それはもう努力だけが解決してくれる。

書く力、つまり思考力=論理力は努力で補われるものであることは経験則で知っている。論理力は常に論理的に、いわゆるMECEとフレームワークを利用して物事を捉えるという訓練次第で身につけられるのだ。



一方、感覚で物事を伝えることも大切な場合もあるのも事実。情熱とか魂とか想いとか。そういったものを淡々とロジックで説明しても伝わらない。いわゆる「発する言葉が持つ説明できない威力=言霊」が存在するからだ。



論理的に分かりやすく、でも情熱的に - 言葉って難しいものだ。

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