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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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上質な生き方
年が明けた1月の初めての週末の休み。

家でゴロゴロと撃沈することもなく、友人宅にお呼ばれして出かける -片道70km。
生まれ育った湘南エリアだから距離も全く苦ではない。


引っ越す前は1Kに住んでいたというツワモノ夫婦だが、昨年春に引っ越したばかりだというのマンションは、壁や絨毯は白で統一され2年前に結婚したばかり!の雰囲気がなんとなく感じられる。


誰かの家に遊びに行くのはいつもワクワクする。その友人のコダワリとか生き方が垣間見られるからだ。





リビングに通される。白が基調の室内は冬の光が差し込み、ホンワカした柔らかい暖かさを放っている。

午後一でのお邪魔だったため、自然とテーブルでコーヒーを片手に様々な会話が飛び交う。ランチやディナーも楽しいが気を遣いがち。しかし、こうしたユッタリと贅沢に時間と空間を使っての会話はシンプルにして最高だ。


しかし、今回はその『感度』がどこか非常に高い。つまりとても心地がいい。

無意識に理由を探すのも失礼な話かもしれないが、すぐに分かった -生活が「上品」なのだ。


夫婦どちらかの趣味なのか、家具はヨーロピアン調。テレビがない代わりにクラシックが流れている。所々に美しい花が飾ってあり、ドリップで落としたコーヒーが注がれたカップ&ソーサーはウェッジだ。


普通なら何を気取って…と感じるかもしれないが、客が来るから、とリキが入っていないのが分かる。
つまり、ナチュラルにこういう生活スタイルなのだ。




豪華な家電があるわけでもなく、部屋が広大なわけでもない。多分、お金があれば解決する、という問題ではない。お金で買えない、どこか気持ち的に贅沢というか、品とユトリがある生活とでも表現できようか。

生活は心を表す、と言われるが分かる気がする。


まぁ趣味の範囲を超えないし、生活そのものに善し悪しなどは存在しないが、少なくとも「心に豊かな時間が流れる環境」は素晴らしい。



24時間という平等な時間の中で、会社と家とが大半の時間を過ごすメインの場であるなら、自分が心地いいと思える環境創りをしてみてもいいのかもしれない。
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14年の時を経て
突然一通のメールが舞い込んだ。infoアドレスからだ。

そこにはとても丁寧な文章で、自身の説明と僕宛に転送のメッセージが記されていた。


-送り主の名前を、記憶の引き出しを開けながら捜すと新卒入社した時の同期からであることが分かった。


当時僕は同期に全く興味を持てず新卒の中では浮き気味だった自分だが、彼とは特別に仲が良かった記憶はないものの1年目は同じチームに配属されたこともあり、思い出すのにそう時間はかからなかった。





当時20名ほどいた同期は今はその企業にはほとんどいないらしいが、時折集合していることは今でも唯一つながっている4人程の仲間から伝え聞いていた。

その同期会で僕の書籍出版話を知り、そこからホームページ経由でメールを送ってきてくれたとのこと。

経路はどうあれ、ありがたく嬉しいことだ。


その日、仕事の合間をぬってメールでお互いの近況報告。新卒当時の旅行関係とは全く別の畑で活躍しているらしい。さらにベンチャーを支援するために起業をしたいと考えているとのこと。

頑張っている姿に勇気づけられる。




仕事上、数多くの組織変革から採用・教育までサポートをしているが、特に新卒系にかかわる仕事の際は『同期の大切さ』をよく話す。


僕自身、今では理由がよく分からないが同期を邪険にしてきたしっぺ返しを味わっているからだ。まぁ同期だから全員とというわけにはいかないだろうが、人生で一回の『本物の同期』ははやりかけがえのないものだと思う。


その彼とは2月に会う予定をした。実に14年ぶりの再会 -楽しみである。
自闘
お互い自分を変える1年にしよう!ということで、部下とコミットし合った2011年の「仕事“外”目標」。

最終的に結果を成し遂げられれば良いのだが、その多くは日々の努力の積み重ねの上に達成されるものの場合がほとんど。

したがって、その目標のいくつかを、1年というスパンで変える大目標→日々の積み重ねを重要視する小目標にブレイクダウン。また、ただブレイクダウンしただけでなく、進捗を管理するために「見える化」を行う。仕事と同じだ。


このコミットメント勝負は楽しくお互いの理想の自分自身にドライブするため、想像以上に効果がある。達成できなかったら罰ゲーム、なんてことはないが、頑張っている姿を見ると長続きするというものだ。





僕がコミットした目標の一つはさらなる体質改善。

昨年末に受けた人間ドックでは不整脈以外は全項目においてA判定。しかし、何の平均かは不明な“平均体重”を2㎏ほど上回っていた関係で『肥満度3%』という自分の人生であってはならない屈辱的なデータが記されていた…。


とはいえ、無意識にいい加減になってきた食生活は否めないし、自分のベスト体重や体脂肪数値からはかなり外れているのも事実。


ゆえに、基本は①低インシュリン夕食 ②間食禁止 ③食事時間帯管理 ④サプリコントロール の4つを徹底。


②と④は意識でどうにでもなる。また③も規則正しい生活を心がければ何とかなる。予定上どうにもならないときは、しょうがない。強いて言うなら①くらいか -僕の場合は夜だけ炭水化物である米やパン、ジャガイモなどをほとんど採らないくらいで、血糖値に関係する食材一つ一つのGI値とかいうデータを調べているわけではない。

実はそんなには難しくない。要は意識→習慣化の問題だ。

悩ましいのは、夕食がカレーなのに「米なし状態」が一層のヒモジさを醸し出すくらいか。





これらを毎日手元のカレンダーにマークを書き込む -コミットして早2週間。仕事の合宿日を除いては、ほぼパーフェクト。慣れてしまえば大したことではない。そして実際の体重も徐々にではあるが確実に減ってきている。

「我慢」という努力は、多少緩めくらいがいいのかもしれない。完璧に守ろうとするからこそストレスになる。ストレスをなくすために別のストレスを引き起こすのでは意味がない。緩やかに、しかし確実に続けることが重要なのだ(場合にもよるが)。



貯金をする!とコミットした飲み好きの部下はマネーコントロールできているのだろうか。


いずれにせよ、努力というバネの溜めは必ずや自分に返ってくるもの。日々の積み重ねを続けていきたいものだ。
好奇心を砥ぎ澄ます
個人差はあるものの、加齢とともに興味を持つ対象が減る、とよく言われる。
そこに2つの理由があるように思う。

一つは、『好奇心の摩耗』。

もう一つは『探究心の減衰』。


あれもやってみたい、これも試したいと日常生活の様々なことに興味を抱くアンテナとも言うべき“好奇心”。この好奇心は人生を豊かにする一つの要素だ。その好奇心から始まる趣味が一生ものに育ったら、それは最高の喜び。

その「興味」を「趣味」にまで育てる要素が「探究心に基づく行動力」だ。興味を深追いして、一般的に言い換えると“ハマって”追及していくうちにノメリ込み、やがて気が付くと趣味になっている。ゆえに、好奇心+探究心が趣味の原点ともいえる。


これらが摩耗したり減衰したりすると、ただただ目の前で過ぎゆく時間、大げさにいえば人生を持て余すことになる。意識しないでいると、ふと虚無に陥ることもある怖い人生の落とし穴。

そんなことに恐怖を感じつつも、最近増えた興味 -ここ1年ほどハマっているのが「カメラ」である。





とはいえ、中高年に大流行で、いまや若者(特に女子)にまでも大人気のカメラブームにつられたわけではない。

デジタル以前の銀塩カメラ(フイルムカメラ)からボチボチいじってはいた。

高校時代、生徒会をやっていたが「クラブ活動」という“単位”を取らなければならず、幽霊部員として写真部に名前だけ在籍した。しかしたまたまウマが合った先輩の手ほどきで、白黒写真のフイルム自体の現像から暗室での写真現像まで教わったこと、および親父の1968年発売(昭和43年)のペンタックスの名機『SP』を譲り受けたことから、一眼レフカメラには触っていた。

そして海外放浪先で撮った写真で、1996年6月に中野で写真展も開いたし、業界組合関連の表紙にも採用された。しかし、デジタルカメラの台頭と躍進により銀塩カメラからは遠ざかるのは当然、通常のデジカメも持ち歩かずの生活へ… 実質的にカメラは私生活の中から完全に忘れ去られた存在に。

いや、携帯カメラがあるではないか!という声もある。

しかし僕の携帯は2011年1月の今日現在で、いまだにドコモの2004年製MOVA(死語?)でカメラ機能も赤外線通信機能もない機種を使用しているのだ。


逆に世の中に問いたい。携帯やデジカメで撮った写真を、後日どれだけ見かしているのか??と。

ブログにアップしたり、プリントアウトしてアルバムを作っている人はいい。そんなマメな人はごく一部だとすると、撮ってちょっと友達に見せて終わり、がいいところだろう。それはそれで十分な使い方であるのは否定はしないが。





久しぶりにカメラ -デジカメではなく、デジタル一眼レフ(通称デジイチ)-にハマったキッカケがあった。“デジタルフォトフレーム”の登場である。

これまで撮って満足して終わりか、よくてPCにおとして終わりだった映像が、デジタルフォトフレーム(DPF)のおかげで日常生活の中で好きなだけ再生され目にすることができるのだ。これはシンプルだが密かな革命的な家電であるとさえ思う。

そこからというもの、今まで休火山…いや死火山状態と化していたカメラの興味が一気に爆発。約1年間のマイクロ・デジイチでの勉強期間を経て、年末から本格的なデジイチに着手。雑誌を読み漁ってノウハウを学び、プロの写真家仲間に教えてもらう…。爆


その興味の勢いは止まらない。


ただでさえ、3歳からやっているスキー、高校から始めた料理、十数年やっているサーフィン、ここ数年どっぷりのアドベンチャーレース、そして車に加え、またカメラという趣味が加わる。どうしたものか…でも興味があるのだから仕方ない。


そんな自分の奥底に、「まだ好奇心や探究心はタップリ残っている」ことを確認できて一安心。

趣味はいつしか移り変われども、次への「興味を持つ力」は失わずにいたいものだ。
面接で感じること
多くの人が緊張するという『面接』。それは企業関連でも学校関連でもおなじみのシーンだ。

長年の人材アウトソーシングや現コンサルティングの業務上、これまで日本人・外国人を問わず5000人以上面接をしてきた。また転職により、日本語英語問わず、自分自身が面接を受ける側も経験している。


ここ数年、顧客だけでなく自社でも僕自身が面接をすることが多いのだが、どうしても腑に落ちないケースが目につく。

雇用スタイルが柔軟化したせいか、転職の際の内定取得の戦略まで低くなってきているように感じることがある。

履歴書やCV(職務経歴書)だけはどの時代も素晴らしい。自分も含め1の事実を10の表現力をもって装飾する。事実に反さない限り、誇張はイリーガルではない。しかし疑問はここではない。





「こんなことをやってきました」は述べられていても、なぜ自社なのか?には触れられていない。乱暴に言えば、どの会社にもコピーをして送りつけているようなレベル。

新卒ではない限り、職務経歴書つまり実績や経験は欠かせない。しかしそれだけで企業が採用してくれるとでも思っているのだろうか。様々なデータソースから、その企業が求めていることと自分自身の経験を(少なくとも書類審査では)確実に重ね合わせ、いかに自分が希望する企業にふさわしいかをアピールするのが当然だろう。


応募する企業のことを調べて理解していないで、自分のやってきたことだけを押しつける…全く理解できない。実際に面接すると、なぜその企業を志望したのかズレズレであることが判明 -こんなことは日常茶飯事。


当社の実例で言うと、「コンサルでアウトドアを使うのですか?」と目を丸くして質問した人がいた。もう言葉も出ない。一体何を見て応募に至ったのか。こういう転職者に当たった場合は瞬時に面接を終了するが、会社自体がまだまだなんだなぁと少し凹んだりもする。





新卒・中途ともに採用数が減っていることを非難する輩も多いが、転職希望者のレベルも高くないのも事実(ここでは真の実力というより面接常識に近いが)。企業はボランティアではないし、給与は湯水のごとく湧いて出るものでもないのだ。


本当にデキる人は企業側が離さないし、退職しても本当にデキる人は引く手数多だ。一方、不採用通知受け取りに特化しているヒト。


この二極化は避けられないのかもしれないが、少なくともこれから社会に出ようと希望に燃える学生には、入念な事前準備を願いたいものだ。
結果へのコダワリ
新しい年になっても慌しく合宿が続く。

昨年の猛暑の反動か、この冬の寒さは尋常ではない。その週末は例外どころか、特に激しく寒さが襲う。
早朝の気温-5度、放射冷却であちこちに氷が張っている。日中はそこそこ暖かくなるという予報に期待しつつ。

徐々に太陽が奥多摩の山を越え、谷あいある合宿所に柔らかい光を届けるころ、参加者たちが集まってきた。


今回は大手飲食企業の人事・教育チーム。これまでに数え切れないほどの様々な教育や研修を施行したり外部委託したりしている、いわば企業内においては教育関連のプロ中のプロ達だ。しかも大手企業経営陣として活躍する人事トップも参加している。


ちょっと上から目線の『お手並み拝見』的なムードは否応なしに感じられる。

しかし全く不快ではない。逆にワクワクする瞬間だ -彼らの教育の経験の枠をぶち壊すことができるか-。




これまで基本的に経営者を中心に展開してきた組織コンサルティングの手法の一部を、正式に教育事業としてリリースしたのが昨年。教育という切り口だけでも、20歳くらいの内定者から60代の社長まで幅広い経験を持っているつもりだ。

しかし自社が置かれている市場傾向と自社資質を正確にとらえ、着実に確実に歩む。自社の規模や売り上げを追うのではなく、徹底的に高品質と高満足度にこだわって経営を続ける。そのために犠牲になるものもしばしばあるが、それを維持しつつ社員を大切にできればそれでいい。それが現在の自分がすべき最善の経営論だと信じる。


だからある意味『自分達にとって挑戦的な対象者』には特にワクワクする。常に向上し続ける信念を持ちつつ、最大限の力で真正面から顧客と向き合い、コンサルティングや教育に“感動“して戴く。それが唯一にして最大の喜びだ。





アドベンチャーレースへの参戦や野外活動に裏付けされた自社独自のアウトドア・アクティビティや、深層心理に基づき導き出された本音本気の議論、そして夜の焚火を囲んでの語り合い… 数々のドラマが生まれ参加者の絆が深まってゆくのが言動から明らかに理解できる。


『長年これまで、腐るほど飽きるほど教育研修を見てきたけど、こんなに腹落ち・納得できる教育プログラムは初めて。最初は「どんなもんよ?」とタカをくくっていたけど…やられた。これは心から会社の皆に薦めてほしい』

合宿最後に、そう人事トップが全員の前で熱くハッキリ語ってくれた。


百戦錬磨の大手企業人事責任者の言葉は素直にうれしい。同時に自分自身の想いをさらに肯定してくれる。結果つまり何が顧客にとってウレシイのか、に『本質的に』こだわり続ける -これが自社のスタンスなのだと。

それが正しければ、正しい反応が返ってくるものだ。


相変わらず合宿は続く。一社一社、丁寧に情熱的に全身全霊を込める新たな1年にしていきたい。
挑戦とは
「チョウセン」という言葉。

何気なく使われる言葉だが、考え出すと奥が深く感じられるのだ。その言葉を使う時、2種類の深層心理に基づく“挑戦”があるように思えてならない。


●一つは、心理的に肯定的で前向きな挑戦、何か過去には経験がない目標に楽しみながら向かうカンジ。

あれをやってみよう!これも始めてみたい!というワクワク感がどこか漂う挑戦は楽しい。新しいことに心躍り、タイミングさえ合えばすぐに行動に移せてしまう。


●もう一つは、努力を要する否定的な感情を有するがやらねば、という責任感さえ覚えるカンジ。

これをやらなくては… あれも何とかしないと…という気が乗らないけど取り組む努力を感じる挑戦は少し重い。しかし、ネガティブな感情を覚えても自身に鞭打ってそれを乗り越えて行動化するもの。


これらは目標をどうとらえるかの意識の差にすぎない。
しかし、特に後者の挑戦を乗り越えた時は『成長』という果実が残る気がする。





2011年はどんな年にしたいのか、久しぶりのノンビリとした年末年始空間で考える。
40歳まであと少し、『輝かしき不良中年時代』を迎えるための残りの2年間 … 最終ストレッチ=挑戦の期間だ。


◎「心」: “常に笑顔で戦え ~苦楽を愉しむ” <自社VALUE原点回帰>


◎「技」: ・自社二大事業部の確立 + 組織拡大

      ・大学院にて学術的+実践的組織論を極める <2年間プロジェクト>


◎「体」: ・アドベンチャーレース参戦 10位以内 + 国内レース発展拡充の協力 
      ・体重64kg / 体脂肪15% / BMI22 維持



どれもこれも、多大なる努力が必要不可欠、それもそんじょそこらのレベルではない努力が。



今年はドエムに徹する - まさに、『辛さなきところに成長なし』の精神だ。



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