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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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アラフォーの挑戦
日常の何気ない会話でフと気付いて怖くなることがある。

それは『意図せずして、しない・できないイイワケをしている自分』。


あれもやろう・これもやってしまえ!とある意味感情や興味が赴くままに行動に移していた20代に比べると、○○があるからなぁと無意識にできない理由を並べている場面に遭遇する。厄介なのが、できないことを正当化して自己納得しているということ。


このように自分自身で行動を限定してしまうと、そこで起こりうる可能性を全て自分自身で潰してしまっているのだ。


経験則的に、自分自身の行動以外で物事は何も進まないことを知っているにもかかわらず…。

また自分自身の路は、自分自身で切り拓き歩むことしかできないことも。





『不良中年』 -これは20代の頃から目標として掲げてきた40-50代の目標である。

何をもって「不良」というのかは漠然としているが、少なくとも『仕事・趣味・家庭全てに打ち込み、身体も心も脳みそもシャープでバイタル(生命力)にあふれる状態』というイメージ。

それには、20代・30代をある意味「計画的」に生きなければ、そういう“中年期”は訪れない。突然理想のようにカッコよくなれるわけではないのだ。人生は積み上げ式以外の何でもない。


そんなこんなで今春、その一つの準備的なプロジェクトに挑むことになった。

『大学院進学』 である - 先日行われた20年ぶりの「入試」に合格し、4月から「学割」が使えるようになる。





高い頂のその向こう側を見てみたい。それだけ。

専門分野である『組織論』を徹底的に極めたいのだ -それも机上の空論的なアカデミックな視点だけでなく、現在コダワリとプライドを持って仕事としている経営・コンサルティング現場の視点を交えて。MBAは民間ビジネススクールで一通り終えているため、もっともっと専門分野に特化して研究をしたい。ただ、それだけ。

そのために丸々2年間と数百万円という投資を行うのだ。
いまさら大学院に進んで何になるのか理解できない -周りはそういう。面接官にも言われた。


しかし何か行動を起こすことで、必ず何か化学反応が起きる(はず)。


アラフォーを前にして大きな大きな挑戦。 実行、あるのみ。
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心臓MAXスピード
どちらかというと『緊張・心臓の高鳴り』はしない方である。

昔から人前に出ることは多かったが、それなりに緊張はした。しかし経験を重ねることで慣れるもののように思う。

今はもちろん状況・環境にもよるが、一般的に言われる人前はほとんどといっていいほど緊張はない。全くキンチョーゼロということはないが、少し気持ちが高ぶる程度。

-それが何名の経営者の前でのスピーチでも。


しかし、ここ数年でも稀な、本当に心臓がバクバクいう瞬間があった。




2月中旬。

かねてより長い時間かけてじっくりと進めてきた「大学院プロジェクト」。

自分の中ではMBA取得そのものにはあまり価値を感じていない。実際に数多くのMBAホルダーに会ったが、それを生かせている人は極稀である。もちろん持っているに越したことはないのだが、その多くは単なる知識レベルであり、実際の経営に生かせなければ宝の持ち腐れというものだ。使ってナンボのツールである。

そのMBAの基礎科目をビジネススクールで全て終了し、「修士」という称号はないが幸運にも実際に経営現場で生かせているとは思う。(逆にそれがなかったら、そもそも独立などしていない。)


思い返せば、大学時代に考えていたMBA進学を辞め、29歳の時にビジネススクールでトライ。1年次科目は全て修了したものの、独立により続行を断念。しかし会社経営も5年を超えたころから、大学院に行きなおして専門分野である組織論を追求することを決意。


MBAは経営補助フレームワークでしかない。すでにある程度学んだMBAをベースに、さらに組織論の教授についてこの学問域の現場を知るプロフェッショナルを目指すという、金も時間も手間暇もかかる無謀ともいえる人生における大プロジェクトを齢38にして立ち上げたのだ。





会場はしーんと静まりかえり、面接の順番を待つ社会人だけがいる空間 - まるで就職活動中の学生の面接時代を思い出す光景だ。


面接を受けること自体、もう10年ぶりくらい。立場上面接をすることは数え切れないほどあっても、される側はない。もうどんな感覚かさえ忘れている。また大学院の面接など初めてだし、数をこなせるわけでもなく全く情報・経験ゼロ。

これにはさすがに緊張。久しぶりのドキドキドキである。


実際に面接官を前にしてしまえば大抵のことは応答できるだろうが、それまでの緊張といったら…想像を超えていた。まだ100名の経営者の前で講演をする方が気分は楽だ。もしくは、昨年の90mのロープを使った懸垂下降のほうがよっぽど気楽だ。



久しぶりの「鼓動高まりMAX」- 懐かしくも、それ以上にこれからの波乱な展開が予想される大プロジェクト。

本当の闘いはこれから始まるのだ。
617kmの果てに
地球の反対側で、日本ではほとんど知られることがないまま

スポーツの中で最も過酷なレースが幕を閉じた。その名は…

『PATAGONIA EXPEDITION RACE』


南アメリカ チリ最北端の地、パタゴニア。ここで617kmにおよぶアドベンチャーレースが開催され、日本からプロの田中正人さん率いる“EAST WIND”が参戦。2011年はレース仲間で友人でもある女性がメンバーとして加わったため、時折レース進捗を追いかけていた。





このレースは総距離 617km -トレッキングやMTB、カヤックなど全て“人力手段”のみの種目で構成され、10日間以内にゴールをめざす。

趣味レベルで参戦している自分自身の最酷な大会は、1.5日 120kmという大会(しかもギア不足で90km地点でDNF)。単純に距離にして約5倍、日数にして7倍だが、パタゴニアという地は地球上でも未開の地ともいわれるほど「何もない」。手元にあるのは地図とコンパスと高度計だけ。

あの苦しさが数倍??? 気が遠くなるような、想像を絶する世界だ。




レースの様子は大会サイトにアップされるツイッターのような参戦メンバーからのメッセージが掲載されるだけ。あとはどのあたりにいるかという文字情報のみ。

英語が堪能な友人のコメントしか上がっておらず、かといって頻繁に発信するほど大会慣れしているわけでも体力が有り余っているわけでもないから仕方ない。ハラハラしながら動きを見守る。


どんなスポーツでもレースはどこで何が起きるかわからない。途中の経過に一喜一憂することはせず、彼らがどんな状況に遭遇してどう戦っているかを想像していた。


-そしてスタートから約8日後。

14チーム中半分以上がリタイアする過酷で波乱な展開となった2011年大会で、迫りくる時間喚問をくぐりぬけながら、今年は5位でフィニッシュテープを切ったようだ。

600km、8日間を完全走破した4名の心にはどんな気持ちで溢れているのだろうか。
ただただ自分自身やり抜けたこと、そしてチーム全員で戦い抜いた充実感と自信に満ちているのか。。。



激しい苦労と努力の上に手に入れることができる視界 -それは挑戦した人にしか見えないもの。

EAST WINDメンバーの燃えるような情熱と密かでも素晴らしい功績を心から誇りに思いつつ、自分自身のこれからの飽くなき挑戦を続けるパワーを分けてもらえた気がした。


お疲れ様!!そして、感動をありがとう。




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トイレ効果?
子供の頃からテレビ制限が激しく、1週間でも1時間程度しか見せてもらえなかった。

実は、今でさえ、実家のテレビはコンセント自体が繋がれていない。観るときだけ差し込むらしい。複雑化するリモコンの使い方さえ、多分親は理解していない可能性が高い。


そんな家庭に育ったためか習慣化したのか基本的にテレビはほとんど見ない。時折みてもニュースやドキュメント。しかし、いわゆる娯楽テレビ番組はゼロ、そのほとんどが情報クズ・ノイズに等しいと感じからだ。とはいえDVDで映画は観るので、確実に矛盾しているのだが。


一人暮らしのときはテレビも電子レンジもなかった。そんな生活に慣れているせいか、テレビがついていると本当に落ち着かず、イライラさせする。しかし今年は珍しく紅白歌合戦のある人の出番だけテレビがついた。

大ブレイクした植村花菜の「トイレの神様」だった。





その記憶が新しいうちに、「トイレ状況によるタイプの違い」なる調査が目についた。その調査結果によると、“家のトイレがきれいな人”・“そうでない人”の意識や性格の傾向が現れたとのこと。

なんでも、トイレがピカピカな人は「友人が多い」「社交性が高い」「段取りが良い」という傾向があるらしい。その因果関係にまでは触れていなかったが、なんとなくわかるような気がする。


その記事を熟考すると、後から使用する人のことを考える・自他問わず清潔感を保つ、とも言い換えられる。それはつまり“相手主義”と同義であることから、トイレをきれいに保てる人は高い対人関係能力や社交性を持ちうることは十分に納得できる。

汚したら綺麗にするという瞬時対応は、物事を後回しにしないということから「段取り」につながるのだろう。記事だけでは判断できないが、これも分かる気がする。とはいえ、A型気質と似ている?とも思ったりもするが。


この記事から思い出すのが、企業でもトイレを社員に磨かせたら社風が良くなった、という記事。また流行っているレストランで汚いトイレは存在しない、と話も頷ける。

そう考えると、トイレには確かに『神様』がいるのかもしれない。





これはトイレだけの話ではないような気がする。

「掃除」という行為は「清潔感」「整理整頓」であり、ビジネスセンス・能力にも少なからず影響を与える。優先順位や頭の整理、つまり段取りも向上する。同様に、料理も材料購入から盛り付けまでプロセスが重要であることから、上記能力が磨かれる。いわんや、食事後の洗い物も。


そう考えると、何気ない日常生活のスタイルは、実はビジネスにも気付かず密接な関係があるということになる。つまり「行動は意識の結果」であることは間違いない。



どうしても家のこととなると億劫になりがちだが、ちょっと見なおしてみるのもいいかもしれない。
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