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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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プライドとは
トコロ変わればヒトも変わる。

人生において良いことも悪いことも起き続ける中で、最近の自分が置かれた立場による自身の変化に気がつく。


環境の変化の最大といえば、やはり大学院進学。これに尽きる。

4月の入学以来、一匹狼的に合目的的に院というレベルでの学びを深めることだけに注力してきた。1年同士で群れるわけでもなく、同期活動に参加するわけでもなく、誰かに迎合するするわけでもなく。


そのうち「ズケズケとロジカルにモノを言う妙なオーラがある怖い人」というレッテルを貼られた(後日仲間談)。でも僕はというと、名前も覚えなければ顔さえも覚えていない -というかそんな気はサラサラなかった。誰かに迷惑をかけない限り、それで何が悪い?と我が道を歩んでいたのだ。

つい最近までは。




しかし、7月に入りそれがガラリと変わった -ひょんなことから1人、仲間ができたのだ。

僕はそもそも人見知りするタイプじゃないし、かといって無駄に拒絶するわけでもない。単に周りに興味がなかっただけ。すると、その仲間と意気投合すると、それをブレイクスルーに、自然とそして一瞬のうちに多くの仲間が周りに集まるようになった。

これまで何かありそうな怖い人、だったのが、付き合いやすいおバカな人 にイメージが変わったらしい。不から正へのイメージ変化を、ある仲間は『GAP萌え』だと言った。


その変化プロセスを自分の中で反芻してみた。





まさに、人生における「プライドのパラダイムシフト」なのかも、とふと思う。

今までとは違うスイッチが入るというか、見方・考え方が変わるというか。


プライドは両刃の刀。

自分を高め続ける原動力である一方で、自分を外界から守る無意味な壁だったりする。

今までにない何かを受け入れるには、ある種それまでのコダワリに似たプライドを捨てるということ。それは瞬間的には「妥協」という感情概念や「負けを認める」という煮え湯を飲むような悔しさにも近くて、そうすることがいいのか迷ってしまう。

そのバランス感覚が難しことではあるのだが、それが大きな器になる分岐点なのかもしれない。


自分でプライド破壊し、また自然と確立されて…そのハードルを乗り越えてゆくことを繰り返すと、自然と大きな器になっていくのだろう。


誇りというプライドは絶対持つべきだ。しかし、固執し過ぎるとそれ以上の変化は起きにくい。




すでに院生活も1/4が修了した現在、残りをどう学びと成長多きものにするのか。それもまたプライドによって行動結果が変わってくるのだろう。






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迷いのない動作
それはある朝の、ほんの1~2秒の一瞬の出来事だった。


3.11以降、車通勤を控え電車で通うことが増えたこの頃。ラッシュを遅らせた就業時間にしているため、いわゆるラッシュはない。慣れれば倦厭していたほどのストレスは感じない。

しかも公共機関ゆえに、季節感をダイレクトに感じることにあらためて気がついた。


春から夏になるにつれて周りの服装が変化して来たり、ケバケバしく飾る車内広告から最近のトレンドやら事件やらゴシップも目にする。

そんな日常に慣れてきた、ある駅での光景。





どこにでもある駅構内の広告ボード -。縦1.5m 横2m程のデカイあれである。

場所は、通行量の多い乗り換え駅である日比谷駅。

ラッシュの時間を少し外れて、広告ボードの前に張り替えをしていた一人の若い男性がいた。


彼の脇を通過しようととしたその時だった。

広告の張り替えの、古い広告を外す作業だったのだろう…鋲を外すとザッと(多分)1/3くらいに折り曲げたのだ。そして広告の上部を押えて、一気に下まで手を滑らせ折り目をつけ、さらに繰り返すように折りたたんでゆく。


たかが、張り替え作業なのだが、僕は足を止めて見入ってしまった。


そんなに楽しい作業だとは思えないのだが、少し微笑みを浮かべ、キレのある動作で広告を交換してゆく。

僕がその動作に目を奪われたのは、『その動作に迷いがない』事だった。

潔く正確にピシッと折り目がつけられて剥がされ、そして上片に沿って美しく平行に広告が張られる。その迷いのない動きは、まさにプロの芸術を見ているようだった。





迷いなき美しきこと、まさに武士のごとし!  -そう心の中で呟いて拍手を送った。



これは動作だけではないように思う - 何事にも動じない心。ブレない信念。自分の中の軸や想い。

人は様々な情報環境下で、様々な選択をしながら日々過ごしている。時にはゆれたり、時には迷ったり。


それはそれでいい。


しかし、重要な決断において、一糸乱れぬ信念を貫ける潔さにその人の美学を感じる。


自身の戒めと覚悟、そして肯定のために肩に刻んだ傷(イミ)。どれだけまっすぐ貫けるのだろうか。

名も知れぬ彼の動作を見て、身が引き締まる思いを感じた。
静かなる夜
慌しい日々でも、フと気がつくと隙間時間がある。

週の半分弱は大学院で深夜帰宅、合宿や夜アポだと寝に帰るだけの生活に近い。しかし院の曜日はともかく意外と早く帰れたりすると、その自由時間のありがたみが分かる。


普段からテレビは観ない。TV番組を録画するような機械自体がなければ、DVDすらもここ数カ月見ていない。メディアは新聞とインターネットと雑誌だけ。まぁそれだけあれば、世間のゴシップにはついていけなくとも、生活するには十分に事足りるのであるが。


今回の台風で気温がぐっと下がって過ごしやすくなった今週は、久しぶりのリラックスタイムが取れた。





すべてダークブラウンで統一した床や家具類。

ほの暗い間接照明のみリビングと、緩やかに回るウッディに加工したシーリングファン。

天井に設置したスピーカーから流れるスロージャズ。


コーヒー片手にここで過ごす静かな夜なんて、とても久しぶりな気がする。その日はビジネス書から離れて、今は内容すら記憶にない高校生のころ読んだ名作を選んだ。

レイモンド・チャンドラー … 「プレイバック」「長いお別れ」「さらば愛しき人よ」など秀逸な作品が多い。


言ってみればミステリー小説の域を出ないのだが、しかし同時に、多くの名言がで有名なのもこの著者である。

その言葉を探して、久しぶりに書籍を広げたのだ。




高校の頃、フと出会って以来好きなフレーズであり、今でも自分自身の生涯の理想フレーズもそこにある。



『男はタフでなければ生きていけない。しかし、優しくなければ生きる資格がない』



当時より、「男は心・技・体ともにタフであるべきだ。それらを生涯追い求め続けて“自然とにじみ出る優しさ”を身につけなければ、生きている資格はない』 -そう解釈している。


その言葉は大学生になって社会人になっても、自分自身の大いなる課題として心に残っている。自己分析する時も、自分の棚卸し&リセットする時も、いつも意識する内容であり、身体に想いを刻んだ今もあの頃も深く深く心に突き刺さっている。


今こうしてリラックスして過ごす時間と空間は、自分との対話みたいなものなのだ。

結局その日はあまりにも夜風が気持ちよく、自然と爆睡へといざなわれてしまったが、時にはこうした時間を取り自分や未来を考える有意義な時間にしたいものだ。

TVに向かって吠える
普段、全くテレビは観ない。

自分にとっては時間の浪費でしかないくだらないバカげた番組ばかりが多いせいか、
待機電源すらONになっていないことも少なくない。

ビジネス番組は好きだが、時間があってたまたま放映中にチャンネルが合えば観る程度。

それが自分のTVとの関係性だ。


しかし、つい最近たまたま外食した際についていた番組に、思わず逆切れしそうになった。

その特集は「1日中行列が絶えないレストラン」。その対象の一つにピザ屋が映っていた。


レストランや提供している食事には興味はあまりないが、それよりも「1日中行列ができる理由」つまりそのKSFが気になった。何が理由なのか。どの企業もいかに顧客を集めるか四苦八苦している。それが営業をかけなくとも、顧客がワラワラと集まってきてくれるなんて、経営者からみたら延髄状態だ。

どんな分析が出てくるのか、ワクワクしながら食べるのも忘れて見入っていた…。




するとその番組内では、「モチモチ感がいい!」「チーズが伸びる~!!」「大きい!30cmはある?!」と取り上げる。そして思いっきり日本人の客の一人が、「これはイタリア本場の味ですよ!」と叫ぶ。そしてイタリアのナポリ本場の材料にこだわっている!とも、テロップ入りで大プッシュ。


「そんなワケないだろう!」僕はTVに向かって思わず大人げない声をあげた。
僕が吠えたのは、そうインタビューに答えた人達に対してではない。


大きさ、モチモチ感、チーズの分量など、そんなのどこでもマネできるだろう。

イタリア・ナポリ本場の材料を使っている気概は素晴らしいが、では行列を作っている人々のうち、何人が本場ナポリでピザを食ってきたのだろうか。

そもそも、地中海性気候のイタリアと温暖湿潤気候の日本では、湿度や温度、年間降雨量も全く違う。ゆえに同じ素材を使ってもイタリア本場の味にならないのが常識的な見解だろう。


番組の『落とし所』の馬鹿さ加減に驚いたのだ。





モチモチ感や伸びるチーズやサイズ、現地と同じ食材を使う、なんて、他のどんなピザ屋でも模倣が可能だ。模倣が可能である場合は、競争優位性にはならない。つまり行列ができる決定的理由にはなりえない。

ただ途中で紹介された情報 -そのシェフはピザ世界大会でチャンピオンになった事がある- それを聞いて、ようやく初めて少し納得。


つまり、世界NO.1のピザ職人の味はいかに?と期待高く顧客が集まってくる。もちろん日本人向けにアレンジされており美味しいのだろう。大きなナポリのピザ窯で今か今かとピザを待たせる店内の雰囲気も抜群なのだろう。

世界NO.1という後光を軸に、味や雰囲気という主観的期待値が人を呼び、行列がまた人を呼ぶ。その正のスパイラルが行列ができるKSFであろうと自分の中で結論付けた。



まぁマーケティングのケースではなく、ただの情報番組ゆえに、目くじらを立てるほどのことではないのは自分自身よく分かっているのだが…どうしてもそういう視点で見てしまうのは職業病だろうか。

くだらないTV番組に、しかも食事中に番組の紹介内容のロジック破綻加減に対し、論理的に吠えたてる僕を見てあきれ果て多少の怒りすら感じている仲間の反応は極めて正しい…と謝りつつ、「文句は自宅で…」と心に決めた。

ガチンコの末に得たもの
昨年は仕事とアドベンチャーレースにどっぷりな生活を送っていたが、今年は一転して仕事と大学院の日々。

レースも出たいが土曜日の授業とぶつかるし、時間的制約が多い中でのトレーニングはなかなか難しい。いや、言い訳であるのはよく分かっているが。


そんな中、マネジメント専攻科目の中でチーム課題の指示が出された。

出張によりチーム分けの場を欠席していた僕は、仲いい人のチームに拾ってもらったのだが…

そこは『動物園』だった。


感情論でひっかきまわす人がいれば、淡々と議事録を採るだけの人、傍観している人、自分のことでいっぱいいっぱいの人…どうしたらこんなに個性が強い人が集まるのか?と思うほどに。そんな中、ロジックグリグリと経験則を振り回す僕が乱入したのだ。

まさに火に油を注ぐように議論初日から大激論。周りを見回すと、みな協調性があって大人しく議論しているのに、うちのチームだけ超険悪ムード。でもチームプレゼンテーションは1週間後。それまでに、どうにかこの状態からアウトプットを出さなければならない。

不安しか、そこには存在しない。





平日。
メンバーの一人にまとめ役を担ってもらい、僕がアウトプット関係のバックアップの体制を作る。授業以外はメールベースでやり取り。毎日夜中2時3時までメールが飛び交う。それをリーダーが促進し、僕がカタチにしてゆく。そんな作業がずっと続く。

土曜日。
朝から始まり18時に授業が終わってから、皆で集まり議論は続く…。ただその段階では、一通り全員から集まったデータをまとめたアウトプットが出ていたため、それまでに喧々諤々拡散していたチームが不思議と収束し始めたのだ。


発表当日。
週末にまとまりを見せたチームは加速度的に結束を深め、プレゼンテーションの直前には完全なる戦友ともいえる気持ちで一つになりプレゼンを終えた。その後、自然とお疲れ飲み会に流れ、最初のいがみ合いともいえる劣悪な人間関係なんて全くなかったかのように飲み明かす。





マネジメントの講義と関連書籍の発表をする場だったのだが、組織マネジメントの神髄を自分達チームで体験した様な時間。課題はあくまでも手法にしか過ぎず、まさに実体験をしたレアな体験だ。


その中で改めて得たもの -上っ面な人間関係性では、真のチームにはなりえないということ。

「本音でぶつかり合うこと=腹を見せ合うこと」しか本当に理解し合い信頼できる人間関係は構築されない。


まさにその真実は、アウトドアと焚火を使い、本音・本気の心理状況下で理念やビジョンを語り形式知化してゆく自社のコア概念となんら変わらない。無意識にも自分自身が自論をトレースしてたのだ。



かくしてこの仲間たちとは、深く長く続くだろう。
こうした仲間を大切に切磋琢磨しながら成長し合っていきたいと感じた、まだ暑さの残る深夜3時だった。
「戦友」という名の絆
忙しい日々の繰り返しの中に、やっと時間的定着がされてきた大学院という存在。


質的には2回目の経営大学院でもあるため、MBAを学ぶというより自社のナレッジ向上やプロの組織コンサルタントとして経験則だけでなく学術的な知見をさらに極めるために『組織論』だけを中心に専攻している。


その中でも、修士論文のゼミは2年生から始まるのだが、僕は一人だけ2年生に混じってゼミを受けている。さすがに先輩たちは1年学んできているだけあって、1年生とは違うレベル感の議論が非常に楽しい。担当教授も60人もいる一般クラスよりも楽しそうでアドバイス内容も濃い。




そのメディアでもコンサルタントとしても有名な教授の元ゼミ生たちが集結する『同窓会』がゼミ開講4年目にして初めて行われた。都内のホテルのバンケットに集まったのはゼミの1期生から4期生までの先輩たち30人ほど。

このゼミは毎年夏合宿を行っており、ゼミのOB・OGもオブザーバーとして代々参加する文化があるため、先輩たちはお互い全く知らない仲ではない。しかし僕は将来の5期生に相当する聴講生としてただ一人、今4期生のクラスにグリコのおまけのように存在するだけなので、ほとんどを知らない。

そんな中、単身で乗り込む。


いつものゼミとは異なり、酒も入り久しぶりの再会に歓喜する先輩たちの中に溶け込むのはたいして難しくはない。いわば経営者の会合に顔を出すような感覚だ。

1次会から2次会へ流れ、思い出話はヒートアップする。ゼミ1期生から僕の5期生までが飲み屋の個室で大騒ぎ。自己紹介があったり、論文のテーマ発表があったり、過去のゼミで起きたさまざまなハプニングや事件が暴露される。


まだ僕の代は当然ながら誰もいないが、多分来年の今頃はこんな風に先輩たちと盛り上がっているのだろう。




義務教育を終えて右も左もわからない状態でただ時間が過ぎるまま過ごしてきた大学時代。やがて社会に出て荒波にもまれ、それでも再び大学院に通う。遊ぶためといっても過言ではない学生時代とは違い、それぞれが明らかな目的を持って集まり、出会った必然の関係。

これは単なる大学時代の仲間とは質が異なる。社会人に一度なっても再び学ぶという高い志と挑戦心を持ち、大変な思いをして切磋琢磨しながら乗り越えた仲間はまさに戦友といっても過言ではない。この感覚は以前ビジネススクールに通った時にも感じた感覚。


ゼミが発足した頃の1期・2期生時代は本当にカオス状態だったらしい。それが3期生からとても組織的にきちんと機能させ、現在の4期生が少しバージョンアップしながら踏襲している。なんだか親子代々続いてきた家業を継ぐような、そんな感情にも似ている。そんな人間関係をまた構築していけることに喜びを感じる。


酔っ払った1期生から「5期生の代表(ゼミ長)は君な!決まり!!」とバシバシと無責任に肩をたたかれる。


僕は専門とする組織論においてこの教授だけのために大学院に進学した。その上で必要とされる役割であるのなら喜んで受けたい。そしてきっと代々続いてゆくであろうこのゼミの交流を深め、人生の仲間として醸成していけたら幸せである。


今までは1年生との交流は積極的にはしてこなかったが、同期は同期で大切だ。いろんなヤツがいるれど。

たった2年間の限られた時間。学び以外でも一人でも多くの仲間と戦友となれるよう楽しみたいものだ。
燃えるコンサルタント集団
一般的にコンサルタントというと、冷徹で必要以上にロジカルで感情を出さず淡々と仕事を進めるイメージが定着しているように思う。

また同時に、悲しくもどうもインチキくさい…という感想を持つ人も多い。

多分イメージよりも「信用ならん」という、本来最も回避すべき課題のほうが大きいように感じる。確かに多くのクライアントで話を聞いていると、「インチキ」そのものである自称コンサルタントも多いのも事実だ。


例えば、人材派遣会社の「新卒採用コンサルティング」などはまさにインチキの代表格である。

入社して数年足らずの、人事経験もなければ社会人としても未熟な20代のコドモが、どうやって『採用のコンサルティング」ができよう?結局やっているは、『学生の母集団形成』程度のものであって、そもそも「採用の軸」を経営者の理念やビジョンから分解・設定し、人事制度の「採用」との整合性を確保し、面接時の質問の切り口、面接官自体のトレーニング、内定までの戦略的ステップの構築、内定辞退の方法論までできて初めて、「新卒採用のプロ」といえる。もちろんできる人もいるが、ほとんど皆無に近い。

たかが母集団形成でそれ以外はほとんど何もできないサービスを「コンサルティング」などと呼ぶこと自体詐欺に等しい。何もこの分野に限ったことではないが、こういう輩がいるから『胡散臭い』と言われるのだ。




とはいえ、一方イメージはどうであれ、本当に手腕を認められているコンサルタントがいるのも現実だ。

今回ある社員がバラバラでクライアント先で働くコンサルタント集団の組織強化を担当した。トップは、社員がどこで働いていても、絶対にブレることなく自社組織ロイヤルティを高く維持し、誇り高く働く組織を目指している。

その想いに共感し、拡大路線を走るこの組織の『心のつながり』による社員の結束・絆の醸成をプログラム化。


ロジカルでクールで飄々としているタイプが多いものの、それをいかにベタに感情論で自分をさらけ出し仲間を受け入れて本物の人間関係を構築するかがカギとなる。

それには頭のいいコンサルタントたち以上に、ロジカルで確実に感情を揺るがして真の心の融合を導くか…プロ達に自社の組織戦略コンサルティングファームとしての技量を問われるといっても過言ではない。

それはそれは、ドキドキのプログラムである。




梅雨の間のドピーカン。雨を心配したが、逆に気温の高さを心配するほどの天気。


久しぶりに一堂に会した50名ほどのコンサルタント達。ロジカルながらも心から真剣に合宿に参加してくれる。

当社の手法はアウトドアを使用した深層心理ベースの感情を加味した組織強化・変革手法を取っているが、不思議なくらい彼らとマッチした。先進気鋭のプロのコンサルタント達が燃えるように夢中に取り組む。


まさに若く熱きベンチャー企業のようなノリ。頭の回転が速いせいか、我々の手法や議論してほしいことの背景まで理論で理解してくれるため、非常にスピーディで質の高い議論が展開される。


これまであまりにもバラバラに顧客先で就業してきたために、互いの名前すら分からなかった関係が、合宿を終えた頃には昔からの仲間のように感じられるほど心の距離が縮まったとの声を頂く。そしてまたやりたい!という社長の興奮気味の声もうれしい。


当社のコンサルティングのモットーは『一緒に筋トレするコンサルタント』。

上から目線で実現不可能な分厚い提案書を出すだけの偉そうなものではなく、理論と感情の両軸でベタに一緒に泣いて笑って組織を着実に確実に強化・向上させてゆくことにコダワリ続ける。


この顧客ともお付き合いは始まったばかり。
業種的には同じコンサル会社として共に切磋琢磨したいものだ。
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