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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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鋼の心を持つ男
独立したての頃からお付き合いのあるIT系の上場企業、株式会社オウケイウェイヴ。

2006年に理念策定の仕事でかかわって以来、2008年のビジネス書出版や教育プログラムなど様々なプロジェクトで関わってきている。

そして今年から、セミナーのシリーズプロジェクトを共同開催する。

第1回目は7月12日 タイトルは「顧客から感謝であふれる組織作りの秘訣」。


オウケイウェイヴ社は、2006年に策定した経営理念を徹底的に貫き通し、理念を軸に組織づくりや制度だけでなく、事業戦略まで徹底させることで、絶好調に成長している優良企業。


その組織力向上の秘訣を理念という軸で語るセミナーである。





人事本部長たちと数回にわたり事前打ち合わせを終え、雑談していた時のこと。

ポロリと過去の話をしてくれた。


「今では、自社でもセミナーを開催すると毎月100名近い方々を集客できるのですが、昔は大変でしたよ」

「というと?」

「実は、セミナー参加者が1~2名の時もあったし、ゼロの時も。もちろん集客努力はしたんですよ」

「それは主催者側としては痛いですね… 心が締め付けられる気分です」

「でもね、0人でも代表の兼元は、空っぽのセミナールームできっちり予定時間話したんですよ」

「!!!」

「継続すれば絶対に人は集まるから、集客ゼロでもやり続けるんだ、とそう言っていました」





この話を聞いて、身震いがした。

企画したセミナーや勉強会の参加者がゼロ。ゼロはおろか、数名という自体でさえ自分や自社の存在を否定されたような気分になる。集客できなかった自社の弱さ、自分の知名度の低さ…様々な自己嫌悪にも似た感情が押し寄せ、もう二度とやりたくない…と思うのが通常だろう。

それでも壇上に立つ気概と覚悟と勇気。


代表である兼元謙任氏とは長年お付き合いさせてもらっているが、あらためて心を揺さぶられた。

どんな逆境でもブレない想い。やりぬく意思。自社の仲間を信じる心。


一方、小さなことで揺れ動く自分の心。逃げ出したい気持ち。まだまだ器が小さい証拠だ。
ほんの数分の雑談であったが、兼元氏を知っているがゆえに、シミジミとハラワタに染み入る話だった。

どこかでその事実を自分に投影し、咀嚼する時間を取りたいと思う。

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いるもんだ、どこにでも。
僕はあまり大きな企業では働いたことがない。

もちろん働く機会はあったが、単に自分の中でその価値が全く見出せないからに過ぎない結果だ。


学生時代によくつるんでいたのは交換留学生、そして世界30カ国ほどを放浪し様々な国の様々な生き方を目の当たりにしてきた中で、どこか人生の価値観が歪んだ?のかもしれない。

超自己満足的に言えば「世界ミックス基準」、悪く言えば「日本適合不可!」 -というくらい、日本人的価値観より様々な文化の好きなところが混在する価値観に漂着したのだろう。


簡単にいえば、学生時代の過ごし方によって「(日本の)常識観とは別に、自分の生き方が確立された」とでも表現できようか。

(もしくは、単なる変人か。いや、その可能性も十分否めないが。)





実際、就職活動の際も、まず日本企業には一社たりともエントリーシートなるものを送らなかった。

バブル崩壊後の第1期就職氷河期にも関わらず、かつ当時ネットもなく情報過少な中、なんとか見つけ出した外資系だけを狙っていた。


その背景理由には、「付き合い残業・休日も上司のお伴・酒の付き合いが日常茶飯事の日本企業」というベタベタネットリ感に、(社会人になってもいないのに)嫌悪感を抱いていたからだ。必要最低限以上の会社との接点を持つことに抵抗感を感じていたともいえる。

また、「会社名」で仕事ができているのに、「自分は仕事ができると勘違い」している横柄な輩が多い商社などもヘドが出るほど毛嫌いしていた。また残業は仕事のできない奴がすること、くらいにぶっ飛んだ価値観が、就職活動先を外資系に誘っていた。


外国人の仲間やその家族、そして放浪の中で出会った様々な人の価値観に、知らぬ間に感化されたのだろう…。もちろん海外を舞台に働きたいと願っていたことにも影響される。


ともあれ、そんな思い込みにも似た価値観が、日本企業や大手企業という選択肢を抹消していた。

したがって、当時自分自身が思うデキるビジネスマン像とは、時間内にやることを終えて結果を出し、とっとと帰宅し趣味やその他を充実させることが美しい、という日本ぽくない価値観を信じていた。そして就職して以降ずっと働いてきた外資系企業により、良くも悪くもそれがデフォルトになっている。





そんな風に、会社に決められる人生ではなく、自分が決める人生の中の会社、という位置付けは学生の時からの思いであり、ゆえに「会社の名前がなくなった時に、裸一貫でどれだけ戦えるか」という、スキルや経験、心の強さ、行動力、ストレス耐性などが『ビジネスマンの本物の市場価値』だと信じてきたし、信じている。


ただし、これは他人に対しての思いではなく、自分自身がどうありたいかというコダワリにすぎない。どう思われようと、僕の意見であり社外の誰かに押し付けるわけではない。

しかし。



そう分かりきっていても、そんな風にデフォルト化してしまった働く意義を今でも持っているため、時折遭遇する意味不明な行動に驚くことがある。


MBAという本来は経営を学ぶ大学院でさえも、自分の弱さ・未熟さ・できなさをヘラヘラして教授にすり寄り、媚を売る男がいたりするし、試験やレポートの答えを周りに聞きまくりパクッて提出する女がいたりする。

多分同じことを会社でもやってるのだろう。


絶対関わりたくないし、人生において接点すら持ちたくない。時折、そんな話を仲間とすると、いつも言われる。
― 「お前がズレてるんだよ、そんなクダラナイ奴はフツーにごろごろ転がっている」 と。


今おかれている素晴らしい人間関係に感謝しつつ、いいズレを維持していきたいものだ。
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