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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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高き志集まるところに
昨年8月に立ち上げた大学院での自主勉強会。


MBA理論重視である一方で、リアルなビジネス感が欠如しがちな現実を考慮し、ケーススタディと討議を中心に『経営者として考え、判断する』という場を創出したもの。

マーケティングやクリティカルシンキングを中心としたコンテンツで、その活動は2年次に入る前まで試験期間を除き毎月定期的に開催。


たかが勉強会。それが身に付いたかは神のみぞ知るところ。しかし、それ以上に得たものは大きい。


『真の仲間』である。




僕は“友達ごっこ”に、あまり興味がない。

八方美人で上っ面だけは仲よく接し、ただそれだけで心が通い合わない…。その瞬間だけを面白おかしく過ごすには十分であるが、何も残らない。


それが悪いとは思わないし、人間関係が10か0かという二極化を信望してるわけでもない。しかし、ふと空しささえ感じることがある。100人の知り合いより、5人の仲間の方が大切というだけ。


もちろんこれまでの過程において、離れた人もいれば、加わった仲間もいる。それはそれでいい。利害関係があるわけではないので、合わない人といること自体が不自然である。


少なくとも、この勉強会を通じて得られたのは、切磋琢磨しあえる本当の人間関係。

誰かが落ちているときは、耳を傾け支えあう。大役を果たしたときは、心から賞賛する。気合いが必要な時は、背中を後押ししてあげる。



そういう仲間って、人生でどれだけいるだろう?

そういう仲間って、どれだけ創れるだろう?




10月も終わりに近づいた週末、授業数が減り修論にフォーカスし始め、物理的に顔を合わせることが激減したことから、息抜きと士気維持のために決起集会を開催。仲間の一人が喜んで企画を引き受けてカタチにしてくれた。


土曜日の授業の有無にかかわらず夕方から集まったメンバー。この修論のプレッシャーは大学院2年生にしかわからない。愚痴でもいいし悩みでもいいし傷のなめあいでもいい。共通の環境下で思いを共有し、それが前に進むパワーとなるなら、それでいい。


今は勉強会らしい勉強会はできず、それぞれが論文まっしぐらではあるが、大切な人間関係を紡ぎ続ける原動力でありたい。それが、単なる「お友達ごっこ」を好まない自分の不器用な表現であり、想いである。


誰しも自分と戦わなければならないタイミングがある。


その時に、少しでも遠くから暖かく心強く見守り、応援してあげることができる、そんな人間でありたいと思う。


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どんなに忙しくても
10月も折り返しを過ぎた。

大学院のコマ数も減り、その分修士論文と向き合う時間が増える。当然と言えば当然。

しかし、単に授業を受けることと、書籍や先行研究論文を読んで『論文のお作法』に則って文章を書くのは、まったく割かれる労力と時間が違うのは事実である。


かといって、それだけの生活も悲しい。

時間をいかに有効活用するか、タイムマネジメントが求められる。そして仲間の行動パターンを見ていると、傾向が見えてくる。概ね二極化するように思う。


キッチリ物事を進められる人は、優先順位づけができており、集中すべき時に余計なことはしない。あれもこれもと手を出さない。シングルタスクに『選択と集中』している感じ。

一方で、いろいろなことが上手くいかない人は、とにかく無駄が多い。マルチタスクでやろうとするが、高濃度の集中とそれに見合うアウトプット能力が低いため、結局すべてがダメになる。




その差はどこにあるのだろうか。

多分、一つは自分の能力の勘違い。自分の思考・行動パターンを客観視できてなく、あれこれやって無駄に無駄を重ねていることに気がつかない。

もう一つは、ONとOFFの切り替えの下手さ。人間は常に集中できるわけではない。集中したらどこかで弛緩をしなければならない。その集中時間は人それぞれだし、訓練によって長時間化できるだろう。その切り替えがファジーだと、結局ダラダラになる。


「集中力」も「脱力」も能力の一つであると思う。





脱力の方法も人それぞれ。最近の自分の脱力は「運動」。9月下旬から走り始めたが、意外とスイムが心地良いことに気がついた。ランニングは低体脂肪維持、スイムは気分コントロールといった位置づけ。


仕事から帰り、過度に空腹でない場合は、そのままプールへ。そして1000mほどを30分くらいかけて泳ぐ。力を抜き効率的なストロークで、水に溶け込むようにゆっくりゆっくり水を掻く。


ランニングは下半身、スイムは上半身に負荷がかかる傾向があるため、バランスがいい。特にスイムは大胸筋や広背筋、三角筋、上腕二・三頭筋、僧帽筋など、ガッチリとした体にしてくれる。14年間波乗りをしてきたこともあり、逆三角形風な体型は維持したい。

運動後は、プロテインと必須アミノ酸BCAAを摂取することで、疲れを残さずに筋肉質な体を維持。


ONとOFFの切り替え…これは仕事だけでなくプライベートでも大切なこと。まさに修論のピークだからこそ、自分をコントロールしながら、常にベストを保ち続ける意識を失いたくない。

再会、続く
携帯が鳴った。
教育関連の問い合わせの電話。少し話したのち、その日のうちにお会いすることになった。


会社が駅から遠いということで、最寄り駅近辺で待ち合わせし、どこかカフェで打ち合わせをするということで電話を切った。待ち合わせ時間に駅に着きキョロキョロしていると、「丸山さんですか」と声をかけられた。挨拶もそこそこに喫茶店へ移動し、名刺交換。


すると、相手から驚きの一言が - 「実は僕、丸山さんのプログラム、受けたことあるんですよ」


年間何百人という方々と会うため、余程濃いキャラクターでないと覚えることはできない。受けた時に所属していた社名を聞くと、なんと社外取締役を兼務していた会社の元社員であった。よく出入りしていただけに、徐々にそして確実に記憶がよみがえってくる。駅で待ち合わせした時も、初めて会った気がしなかったのも、気のせいではなかった。数年前に転職し、今は会社の上層部として活躍中とのこと。


「あのプログラムが強烈に心に刺さっていて、いつかまた受けたいと思っていたんですよ」

幹部の教育プログラムを考案中で、ぜひ協力してほしい -それでコンタクト取ってきたとのことだった。4年も前の合宿を鮮明に覚えていて、なおかつ転職先でもやりたい!と声をかけてきてくれるのは、本当にうれしい限りである。





その数日後、3年ぶりに元クライアントの担当者と会食。

前職でお付き合いがあった後、僕が独立し、その方も新規事業に出向してビジネス上のつながりは消えていたが、同じ人事組織関連というフィールドゆえに、時々お会いしては情報交換をしていた。


お互い仕事が忙しくなり会わない年月が過ぎたが、ひょんなタイミングで再会。会っていなかった3年間分の話を尽きることなく話し耳を傾ける。


もともととても上品で美しい方ではあったが、前にも増して輝いていた。話を聞いていると、その魅力の源泉は『自分を磨くたゆまぬ努力』であることが分かった。

いくつになっても自分自身を高めることができる人は、男女問わず本当にカッコいい。仕事関連の話が多いが、お互いプラスの刺激を与えあうために、また情報交換を続けることになった。




類友… とはまさにこういうことなのだろう。

同類の意識や波長を持っている方とは、時間的・物理的距離に無関係に引き付けあうのだと思う。

「心の中の思いが私たちを作っている。私たちは、自分の思いによって創られている。」有名なジェームズ・アレンの言葉を思い出す。


同じ心の持ち主は、どこかでつながり共鳴しあうものなのだ。


こうした再会を大切にし感謝しつつ、1日1日を大切に生きたい。


RUN for ・・・
神無月に入った。

気温も下がり心地よい、明らかに夏とは違う風を感じる日々。


そして大学院生活は修士論文の第3コーナーくらいに差し掛かり、前期とは異なり集中して書き続ける時期に。悲しいかな、大学院2年目後期は授業もほぼないだろう…と思いきや、相変わらず大学院は週3日通うことに。


なおさら時間管理、体調管理、および自分の士気管理が重要になる。30代で最大の管理能力が求められているようにさえ感じるのは、僕だけではないだろう。




大学院入学と同時に2年間は封印したアドベンチャーレース。かなりの練習量と大会参加時間と金銭が割かれるため、チームは休眠。それがきっかけで一気に運動量が減った。

もちろん運動量が減って、食事がそのままだと、カロリー摂取バランスが完全に崩れる。


ゆえに低インシュリン方式で徹底的にカロリーコントロールをして維持をしてきたものの、それとはきっと無関係に加齢とともに身体は緩む。今年で四十路になることを考えれば仕方ないことかもしれない。

しかし、そう思いたくないのも事実。


身体が緩むと、気持ちが緩む。気持ちが緩むと心が緩む。あきらめが早くなったり、こだわりを捨てたり、後ろ向きになったり、他力本願になったり、他責にしたり… 超悪循環。

これが最も人生をつまらなくする様な気がする -結局、「引き寄せの法則」が働くのだ。





よって「マラソン」を再開。 

まだ週1~2回のRUNにすぎない。しかし、身体を締めることによる効果は大きい。

→ 走る時間の抽出による修論と向き合う時間における集中力の向上。
 
→ 一定の疲れによって引き起こされる超回復による身体の良好化。

→ 無駄で意味のない感情の整理によるストレスや不安の希薄化と払拭。



この大変な時期だからこそ、あえて走るのだ -自分の未来のために。人はストイックだとかドエムだとか言うけれど(反論はしないが…)、すべて自分に帰結することなのだ。

ただ、それだけのこと。


やりたいこと、挑戦したいこと、手に入れたいこと… これら全て、自分の手にゆだねられている。

生き方は親や他人がトヤカク言うことではない。自分で選ぶのだ -後悔のない人生を送るために。
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