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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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美しさと気品
今年から再開した、お会いするのを毎回楽しみにしている方との年末の情報交換ディナー。

トップを支えるマネージャーとしてデキるポジションで活躍しながらも、人望が厚く仕事も正確。以前たっぷりと仕事でお付き合いがあり当時から感じていたが、さらに磨きを増したビジネスパーソンである。


忘年会シーズン最後の盛り上がりでトチ狂う場所を避け、代官山にある静かなレストラン。店内は間接照明だけで薄暗く、派手ではないが元気な曲が静かに流れる。


仕事帰りで多少遅い時刻ではあったけど、待ち合わせに現れたのは、相変わらず仕事の疲れや化粧の雑さを1ミリも感じさせないほど美しく上品な姿だった。

感情がそのまま行動に反映されるその辺のフツーのOLとはレベルが違う。なぜなら、美人の定義は個人の好み次第でも、平時における雰囲気、表情、服装、知性、纏うオーラ、会話の構成能力、コミュニケーションスタイルによって、全体の美しさとその調和が決まるからだ。

以前からこの方と逢う時はいつも背中がシャンとなるほど、いい緊張感とドキドキを覚える。
なぜだろう?それが今回感じた素朴な疑問。





前回お会いした時に気が付いたこと -『自分を磨く弛まぬ努力をしている』ということ。

それは、単に女子力が高いとか、勉強や趣味に取り組んでいる、といった類の程度ではないことは分かっていた。加えて、何かがあるような気がした。


自分を磨く努力を惜しまないことなど、そんなことは「当たり前」。

それ以上に、それを前面に出すことなく『他人への気配りや感情のコントロールが出来ている』ところに、この人の魅力があることをあらためて発見したのだった。

自分の感情に無関係に接する大人な対応と他人への本当の優しさが、さらにその人の素晴らしさを引き立てているのだ。だからこそ、より一層美しく気品あるオーラが漂う。


そんな素敵な方だからこそ、会話は尽きることなく盛り上がりる。かといって、常に堅い話だけでもなく、バカ話も笑い話も、そして悩みなども幅広く話せるのが心地いい。


話しているだけで、こんなにも充実する時間を過ごせる人間関係ってどれだけあるだろう?





人間、どうしても切羽詰まっている時は短視眼になってしまう。そんな弱さに気が付いているならまだマシだ。悲しいのは、それすら見えていない「悲劇のヒーロー&ヒロインちゃん」である。

・自分のことでいっぱいいっぱいで、周りからの優しさや気使いを無下にする人。
・苦境に感謝!とか言いながら、口先ばかりで結局自分軸な行動をとっている人。
・感情の起伏が激しく、理路不整然&感覚知で生活している自分に気が付いていいない人。


自分自身、ここ数カ月のアンダータームはそんな余裕はなかなか持つことが出来なかった。そのトンネルを抜けて初めて、その難しさや自身の至らなさに愕然とする。


そんな人とは完全に一線を画している、素直にリスペクトしあえる数少ない一人。
そして、出会いから10年が経とうとしている大切な人でもある。


雲ひとつない月が登り地表に優しい影を作る深夜、ゆっくり代官山を後にする道すがら、あらためて考えた隣を歩くその人の人間的魅力。



素敵な時間をありがとう。男女に関係なく、そんな魅力にあふれる人間になりたいものだ。

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逢いたい人
人も街も全てがウキウキするクリスマスど真ん中。
そんな雰囲気を味わいに出かけるのもアリだけど、だからこそ、あえて違う選択を。


数十年ぶりにホワイトクリスマスになる、なんていう予報がネットをにぎわしたのもつかの間、イヴの朝一の予報は気温は低めだけど安定的に晴れ。

波乗りにいこう -1年間の気持ちの整理とケジメをつけるにはいいタイミングだ。

九十九里は風が強いけど、湘南は比較的緩めという情報。それに夜は横浜で待っている人がいる。千葉を往復して横浜より、湘南を経由して横浜なら地理的にもスムーズ。そうと決めたら早速3mのボードを屋根に積み、着れるかわからないウエットを積んで高速をひたすら南下。


久しぶりの由比ヶ浜の波のサイズはハラムネ、セットで肩。オフショアで面は悪くない。しかも最低気温5度という予報のおかげか、サーファーの数も少ない絶好のコンディション。





12年前にフルオーダーしたウエットスーツ。

その後体重の変化はあったけど、トライアスロンのトレーニングをしている今は当時とさほど変わらない体型に違いない…という微かな望みと、経年劣化によるゴムの自然硬化という言い訳を考えながら着替える。

波をくぐり、沖までゆっくりとパドルアウト。

そして、波乗りの時にだけ身につけるクジラの骨から削り出したネックレスと共にいつもの「祈り」 - こうしてまた海に戻ってこれたことに感謝。そして自分を取り巻く大切な人たちの幸せを願う。これは、97年に波乗りを本格的に始めた時からのオマジナイ。


それからメローな波と戯れること数時間。波を滑るスピード、ターンのグライド感、風を感じる上半身。この感覚は、何にも替え難い至福な時間である。1年を順番に振り返りつつ、沖と岸を往復する。


そして、波のサイズダウンと共に海から上がり、ゆっくりと着替え、ガラムに火をつける。パチパチとはじける音,
甘い香りと薄い紫色の煙。


僕にとっては、サーフィンは活動の「点」ではなく、海についてから、そこを去るまでの「線」がサーフィンであり、自分と向き合い心をリセットする場でもある。




その後、湘南に住む仲間と落下する夕日を見ながら、コーヒーブレイクをしてから逢いたい人が待っている横浜へ。


今から16年前、まだ社会人2年目で添乗員として担当した聖地旅行以来、毎年ミサに出席。今年で参加14回目、我ながらよく毎年訪れるなぁと思いつつ、もう習慣化しているようにも感じる。

逢いたい人とは、今年84歳になる可愛らしいお婆ちゃん。

トルコの階段だらけの遺跡巡りに少し疲れていたため、案内をガイドに一任して、涼しげな木陰で一緒にチャイを飲みながら世間話をしてからの仲である。ミサに参列し隣同士で祈りをささげる。僕は信者ではないが。


ミサが終わると、当時聖地旅行に参加した牧師をはじめとするたくさんの方々が途切れることなく話しかけて来てくれる。そしてお互いの近況を話し、今年も会えたことに感謝しあう。旅行から16年が経過しているのに、今でもこうしてお会いし、暖かな人間関係を維持できるのは本当に幸せに思う。そんな風にして更けてゆく聖夜…。



素敵な1日に感謝。 そして、大切な人みんなが笑顔でいられますように。

go for it !
あっという間に足元を過ぎ去った秋に続き寒気が日本列島を覆い始めた師走。

エデュケーション系の仕事がローシーズナリティに入るとともに、修士論文がトップギアに入った。仲間の多くは最終的な論考の出口を求めて最後の猛ダッシュ中、もしくは『修論難民』状態。


この時期になると、もう参考文献の調査や分析はとうに終わり、論旨を組み立てながら書きに書きまくる時期。年末年始の休みがあるものの、この時期の失速は致命的。

しかし、年末の忙しさと修論のプレッシャーもあってか体調を崩す人も多く、精神的にも体力的にもタフな時期である。実際自分が属するゼミでも、半数が何らかの体調不良を訴えている。


まさに、気持ちと体力のコントロールが求められる。





昨年の大学院入学以来、ピタリと運動やレース参戦をやめてしまっていた。しかし、それまでの手抜きによって発覚した身体の崩れを認知して以来ランを再開。

僕が勧めたにも関わらず僕はやらないトライアスロンにはまった仲間の返し刃で、スイムを追加。サーフィン以外で泳ぐのは数年ぶりくらい水から離れていたため、500mも泳いだらすぐに乳酸がたまりギブアップ。

どうしたら長く疲れずに -少なくともトライアスロンで求められる最低1500mを-泳げるかを徹底研究。今ではランよりスイムのほうが多く、1500mをようやく40分切って泳げるようになった。


そのおかげで、風邪を引くこともなく、逆に運動後のプロテインやBCAA他の栄養素摂取により身体が筋肉質化し、体脂肪も下がり体年齢も30歳を切るようになった。


そうなると心も軽くなるから不思議だ。その勢いに任せ、どんどん論文を進める、進める。





人脈を生かし、分野は違っても学術論文に強い方々に目を通してもらい、ロジックの強化や高品質化のためのアドバイスもいただけた。自分自身ではアリの眼になりがちで見落とす可能性の大きいミスを、トリの眼で判断してもらえるのはありがたい。

ロジックや論述の展開だけでなく、気がつくことが難しい論述のクセも修正できる。文を書くことが商売道具の一つでもあるため、仕事にも直結されるので、まさに1粒で2度おいしい。


経営やら授業やらで多忙な中、スキマ時間を紡ぎやりたいことを我慢して論文に時間を割く -これは自分自身の将来の小さなステップなのだ。卒業要件を満たすだけでは意味がない。何のための大学院か?を考えると多少の犠牲はあって当然。



あとはそれを実行に移す『意志の問題』に過ぎない。


12月3週目、90%ほど論文が完了。

単に文字を書いたというレベルではない。論旨とその展開はもとより、序章と結章、表記ユレや誤字脱字、出典情報、注釈、インデント、参考文献リスト、そして謝辞の概要など、提出に向けて概ね終えた状態にまで到達。


あとは重箱の隅をつつきながら精度をさらに上げることが求められる段階に近い。


GOが出てから、3週間。なんとかここまでは走ってきた。思えば2月から自主ゼミを仲間と始めてコツコツ積み上げ、細切れの時間を使って作りこんできたことが、ようやく実ろうとしている。


それを思うと、イチローの言葉が脳裏に浮かぶ。
『コツコツと積み上げてきた努力が、僕をこんなに遠くまで連れてきてくれた』


やはり何事も、千里の道も一歩から、なのだ。
初冬の六甲を駆ける
かなり以前から入っていた関西で開催の合宿。

通常は地方の顧客には自社の合宿所まで来ていただくことが多いが、今回はかなりの準備期間を要して「関西初上陸」である。


大手製薬会社の上層部の集団凝集性UPのための冬合宿は六甲山で決行された。

「六甲おろし」で有名な風は、関西外から移住したばかりの人の傘を何本も折るのだ、と先方担当者が話してくれた。

海抜ゼロmから道路の距離でも10kmで一気に標高900mまで上がってしまう。日本海で発達した低気圧が中国山地の北側で降水し、乾いた風が吹き下りる、そんなカラクリだろうか。





半径2kmには誰もいない、標高800mにある合宿所。

焚火タイムには気温4度、強くはないが風が山の中を走り、木々を揺らす。空を見上げると、すでに紅葉を終えた寒々しく天に伸びる落葉広葉樹の先に、時折星が瞬く。


オレンジ色の暖かい光だけが唯一の灯りとなり、参加者の絆を少しずつ、そして確実に紡いでゆく。

クソ寒いこの時期だからこそ、焚火時間の効力があるような気がする。途中からウイスキーや焼酎のお湯割りを入れ、まさに「ワイルドだろう?」の世界。





顧客から「大満足」という評価を戴いた帰り道。

冬晴れという言葉にふさわしい好天に恵まれ、そして心も温かくなったことを期に、六甲山を走って下ることを決めた。

私服をすべて宅急便の荷物の中に押し込み、トレランスタイルに。そのまま新幹線で帰京することになるが、まぁ数時間の我慢。それ以上に六甲を走れるチャンスを優先した。


往路のタクシーで駅からの距離をはかったもらったら8km。つづら折りのカーブから時折見える瀬戸内海と神戸の街並みを見ながら走り下りるなんて、滅多にない機会。

気持ちいい!! 


日本3大夜景の一つの昼間の景色を見ながら走る。見慣れぬ土地を走るのはとても新鮮だ。


全行程下りということもあり35分くらいで駅に到着。が、下りゆえに大腿四頭筋(モモ)と前脛骨筋(スネ)に過度の負担が…。途中でフォアフット走法やスライド走法など切り替えながら走ったが、全く意味なし!久しぶりの筋肉痛が襲うことは間違いなしだ。


とはいえ、こうしてクライアントに支えられ、天候に恵まれ、気持ちよく自分のペースで走る機会を得ることができたことは嬉しい。



成果にフォーカスすること、身体を調整すること、心を鍛えること -どれも一朝一夕には築くことはできない。

日々鍛錬を積んでゆきたいものだ。
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