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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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コツコツの結果
勉強のための勉強は嫌いである。それは今でも変わっていない。

そして、それを理由にTOEICなどは一切受けてこなかった。記憶のある英語の公認試験結果は…実は「英検4級」。中学1年生にさかのぼる。

それでも世界5大陸47カ国旅をしてきたし、20代は夜間大学でビジネス英語を学び、外国人だらけの会社で働いてきた。そんな経験が、なおさら僕に英語能力試験というものから遠ざけてきた。

英語なんてコミュニケーション手段に過ぎず、ダイバーシティの中で問われるのは人間性だと信じて疑わなかった。その想いは今でも1ミリも変わっていない。


しかし、そうもいかなくなってきたのが今年2013年であった。





大学院博士課程進学に際し、英語力が求められるからだ。条件は800点以上。

英語には個人的には自信があっても、公的に証明するものがない。よってTOEICで証明しなければならなくなったのだ。基本的には海外文献を多く読み漁るのだから当然と言えば当然。

とはいえ、やはり勉強のための勉強はしたくない - その想いが強く腰が鉛のように重い。

そんなこんなで初受験は9月末、しかし週2回ほど貫徹40時間ぶっ通しで仕事していたこともあり、全く、本当に全く勉強せず試験日を迎えたのだった。試験日当日に、どんな問題構成になっているかを本で確認した程度で本番。

美しく完璧なまでの丸腰… いくら自信があってもTOEIC用の勉強もせず、加えて独立してから9年間は全く英語という英語は使っていない。そんな環境で高得点を取ろうなんてこと自体、ナメている。真面目に取り組んでいる人たちに失礼なほどに。


当然ながら、完全なる手抜きにカミサマノバチが当たった。

結果は大学院が求めるハードルを少し下回ってしまった。それでも、いや願書を出すまでにあと2回も受験チャンスはある!と気をゆるめたのか(そうにちがいない)、11月回申し込みに15分遅れて申し込み自体に失敗したりして、入学願書同時提出に間に合う残されたチャンスは12月回の1回のみ。それに気がついたのは10月の終わりのこと。

マヌケ過ぎる、自分。





そんな状況にもかかわらず、相変わらず腰が重い。11月中旬にようやく友人に勉強方法を聞いて勉強を開始したのだった。試験は12月8日、残り3週間しかない…と今さらながら愕然としつつ(やはりマヌケだ)。


したがって当然トライアスロンのトレーニングは試験日までは完全中止、毎夜ファミレスを変えながら文法や長文と戦う。そして読書していた電車移動は全て、携帯アプリでTOEICの文法問題を目を三角にしてひたすら解きまくる。猶予は今回1回のみ、完全に崖っぷちの苦いヒリヒリ感を味わいながら。

試験日まで3週間ほどの間、解いた問題数は4000問 - 必死の追い込み結果が今日WEB速報で届いた。


リスニングは奇跡的に満点(中学理科中間テスト以来だ)、総得点は前回から百数十点アップし900点を優に超えていた。2回の受験で大学院入試の条件をなんとかクリアでき、アブナイ橋を渡ることができた。


だが、たまたまケツに火がついて集中して取り組み、試験内容との相性が良かっただけの話。久しぶりにヒヤリと汗をかきコツコツ続けることの重要性を改めて感じた。

『日々の小さな積み上げだけが、自分をとても遠くに連れていくのだ』 (byイチロー)


とはいっても、入学試験は英語だけではない。研究計画書ですら完全には出来上がっていない。試験当日までにやることはまだまだあるのだ。これから冬休みだけど、毎日小さくても着実な一歩を。

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15回目のクリスマス
12月25日を迎える週の日曜日午前11時に必ず会う人がいる。

今年で15回… 小さなプレゼントを持って。


社会人2年目のその日から、僕が風邪で倒れた1回を除いて毎年の恒例イベントである - クリスマス・ミサ。
僕は無宗教だけど、クリスマスのミサは人生の1/3ほど参加していることになる。

長いが、そこには揺るがぬ時間と絆が流れていた。




キッカケはひょんなことからだった。

25歳の夏、当時勤めていた外資系旅行会社で教会の聖地旅行のコーディネーターを担当、20名を超える信者の方々のトルコとイスラエルの旅に同行した。

パウロの宣教ルートを辿るといっても、遺跡を回るにはそれなりの体力が必要だ。階段も多いし、全て道路がきれいに舗装されているわけでもない。あまりにも暑く乾燥したトルコのある観光地で、当時70歳のお婆ちゃんは体力を懸念して中に入らず遺跡の入り口で待っているという。

そこで僕は一団を現地ガイドに任せ、お婆ちゃんを涼しげな木陰があるカフェに誘い、二人で世間話をし、甘いトルコチャイをすすりながら絵葉書を買って手紙を書いた。


それを機に仲良くなり、毎年の再会が楽しみになった。

彼女に会いに、そして当時一緒に旅をお供した方々に挨拶をしに。時は公平に加齢を課すけれど、それは素敵な年の取り方であり、会えば笑顔にあふれ当時の想い出話に花が咲く。年末の心温まる時間だ。





来年の秋、まだ一度も行ったことがないというディズニーランドに行く約束をした。

どれだけ見て回れるかはその時の体調次第だろうけど、パレードを見てみたいと笑顔で言った。数年前、祖母を連れて行ったが、今でもまた行きたいと懐かしむ。彼女には、刺激的で華やかで夢のような世界に映るのだろうと想像すると、今からとても楽しみである。


今年も心から感謝とお祈りをし、暖かい手を握って、暖かい気持ちで胸を満たされて教会を後にした。


こんなに満たされる時間は、そうあるわけではない。幸せというものに触れた瞬間だった。


HAPPY HAPPY CHRISTMAS FOR EVERYONE WHO'VE BEEN STAYING WITH ME.
MAY YOUR HOLY NIGHT ON CHRISTMAS DAY, 25TH DEC BE GRACEFUL AND PEACEFUL!
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