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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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東京LIFE、戻るものの。
3月から忙しくなり始めたと思ったら、気がつけば もう夏直前。

めぐるましい日々が落ち着き、ようやく少しだけ余裕が生まれつつある。4月はほとんど東京にはおらず、焚火合宿や経営陣合宿で郊外や地方に。GWも半分以上仕事で過ごし、曜日の感覚すらなくなっていた。

4月という時期的な多忙さもあるが、活動を分解してみると、特有の新人絡みは少ないことが判明。時間の大半を占めるのが組織変革関係の仕事である。

リーマンショックを境にコンサル案件よりも教育案件に偏る傾向が強かったが、景気回復の兆しもあってか、組織力の向上のテコ入れをリクエストされることが増えてきたといえる。

とてもヤリガイもあるし、これまでの経験や研究を活かすことができるし、嬉しい傾向である。



5月下旬。

博士課程2年生として、初めて授業に出席。突然現れた「トシウエノヒト」に、クラスの学生たちがキョトーンとした眼差しで僕を見る(日中の授業には修士過程の純粋学生がしかいないことが多い)。

「ダレコノヒト?」「マチガッテ キョウシツニ ハイッテキタノカナ」 と顔に書いてある。

しかも、教授の顔にさえ 「ダレ?」。


社会人ドクター生で、多忙につき始めて授業に参加した旨を伝えると、「ナニヲイマサラ」風な困惑した表情。そうだよなー、授業の1/3が終わってるのに、今頃 はじめまして はないよな。

さらに、もう1つの別の授業に初めて出られるのは、来月中旬 …前期の半分が終わってる(T_T)



そして今、物理的にオフィスを離れて、山中での合宿で身体を取られる仕事は、少しだけ落ち着いた。

しかし。落ち着いたというのは、実は物理的な「移動」が落ち着いただけに過ぎない。

合宿やコンサルのフォローアップと次の企画がスタンバッているのだ。クライアントから「こなくていい」と言われない限り、教育でも合宿でもやりっぱなしには絶対にしない。絶対にフォローアップに入るのが僕の信念である。

ということで、結局東京LIFEが戻ったら戻ったで、提供成果の効果性維持・向上や、それを受けての次のRFP(新規依頼)の企画書作成とプレゼンがどっさり…。


8月にはマレーシアでの学会発表が待っているというのに、一体いつ研究するのか?しかも6月下旬の今年初のトライアスロンのトレーニングもしたい。その前に、今週末のロードバイクの100kmライドイベントの準備もある。いや、そもそも、授業にも出なくてはならない。


時間配分がこの夏を乗り切るの鍵となりそうだ。
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プロが集まる世界
怒涛の忙しさ ー日程的にー が、ひと段落つこうとしている。

今年は通常の合宿や仕事に加え、業務提携予定の企業から依頼された仕事を引き受けた関係で、例年に増して日本各所を飛び回る多忙な日々が続いていた。

4月はあまり東京いることが少ないほど、ドッタバッタとしていたが、そんな中でも新しい出会いがあった。

日本有数の大手企業の600人を超える受講者に対する教育支援で参戦した講師たちである。



自社のコンサルティングやエデュケーション事業では、全て自分自身で携わるか、より専門性高いコンテンツの場合はその道のプロである社外パートナーと相談しながら進める。

一度にそんなに多くの講師たちと肩を並べて、しかも協力しあって企業教育に携わることなど滅多にない。

しかし、今回の新種の仕事は、先方の依頼に沿って他の講師たちと協力して取り組むものだった。つまり、いつもとは異なり、自分も講師陣の一員となってチーム戦で教育現場に立つのだ。いわば、プロたちが集まり、相互に協力し合いつつ、相手のレベル感を密かに計算するという、表向きは爽やかに接しつつ、腹の中では少しドロッとしたものを抱えながら過ごす時間といえよう。

一人で全てを背負うピン芸人には、とてもスパイシーでヤリガイある環境をワクワクして楽しむことができる環境である。



5月上旬、その依頼されたプロジェクトはひと段落。

すでに数年にわたり携わっている先輩たちが大多数を占める中で、講師の一部の「打ち上げ」に新米の僕もオヨバレをいただいた。

集まったのは、年間100〜200本の研修をこなす猛者講師たち。どんな研修マシーンかと思いきや、一人ひとりはとても個性があり、人間的で暖かい方々だった。

いや、単に面白い人や暖かい人はどこにでもいる。

彼らは、そうある上に自分の身一つでメシを食っているプロなのだ。人間性以上に、そのプロフェッショナリズムをところどころに感じる会話や想い、過去の出来事、これからの生き方が、何よりも刺激的☆。

働き方にはいろいろある。その中でも環境が近く、同類の仕事をしている仲間との交流はとても稀有であり、余程のことがない限り今後も続くだろう。いや、続くといいな、と素直に思えるメンバーである。


人生も折り返しの「正午」以降の心踊る出会いはそうそうない。

大切に温めていきたい。
心穏やかな日々
時折、口にする言葉がある。

「幸せなことだなぁ」

わたいもない言葉。これは、娘が3歳の頃 湯船の中で発した一言である。

それからというもの、なぜか何かあることにこの言葉を僕自身が言うようになった。なんか、シミジミと自分に染み込むような、そんなマジックワードなのだ。


サーフィンにて沖で波待ちしてる時、澄み渡った青空と太陽を見あげる瞬間。

風もなくしんしんと降積もる雪の夜を、クラシックを聴きながら過ごす夜。

顧客の経営者や担当者から、心からの感謝の言葉をいただいた時。

「幸せなことだなぁ」ー それは感謝の念と同義である。



日々の忙しい時間の中に埋もれていると、自分自身が置かれた環境を客観視できなくなるもの。

目の前のコトに一生懸命で、実は喜びも悲しみも幸せも、季節の移り変わりも、みんなそばにあるのに気がつかない ー 親と健康は失って初めてその価値を知る、なんて言葉に表されるように。

もちろん、いつもいつもそんな客観視ばかりしていられる程、ヒマ人ではない。そんなの、心の余裕がある時じゃないと、無理無理。それもとてもよく分かる。その通り。


でも。

あえて立ち止まって、今の環境を噛みしめてみることって大切な気がする。そういう瞬間を日常のどこかで取ってみることは、非常に意義があるのではないだろうか。

意外と、日々の心を癒す「シアワセ」ってものはとても自分の近くにあって、それに気がつくか、気がつこうとするか、なのではないか ー そう思うわけである。

たとえそれが、春の陽気で 僕の頭の中が「お花畑」状態での迷言だったとしても。



独立して我武者羅に突っ走っり、その途中で家族が増えた。超大手外資企業や経済産業省とのプロジェクトに関わり2年間の寄り道も経験した。そして今、学生研究者という身分と経営者という立場に原点回帰。

その度に、仕事・家族・趣味などステイタスの変化を余儀なくされ、それに合わせた生き方が求められた。いうなれば、平坦な生活ではなく、いろいろな意味においてアップダウンが激しい時間だったということだろう。

そして、フとマジックワードをつぶやく度に、これまでと少し違う自分に気がつくのだ。

「ん?なんか、シアワセの価値観が変わってきている?」なカンジ。


これまでは、目に見える物質(家や車や持ち物など)を持って初めて、幸せを感じていたような気がする。でも今は、目に見えない日常の何気ない満たされた瞬間の気持ちにも、幸せを感じるような気がしている。


何がそうさせたのかはわからない。でも日々の生活の中で、増えたのは間違いない。もしかしたら、何気なく発せられるこの一言の数は、本当の幸せの数なのかもしれない。

「幸せなことだなぁ」

チェンマネ、起動。
「チェンマネ」… 一体なんのこと??

一般の人には馴染みのない言葉かもしれない。
いや、組織関連の仕事をしていても、そう多くは出会わないらしく、聞き返されることがしばしばある。

チェンマネ=チェンジマネジメントの略であり、聞きなれた単語に変換するならば「マネジメント改革」(そのままじゃん!!)とか「組織変革」とでも表現できようか。

とにかく、企業組織のトップにメスをグッサリとブッ刺し、グリグリッと改革していく、そんなプロジェクトの総称みたいなものだ。

なんて言葉にするのは簡単で、何やらカッコよさげな響きさえ漂うのだが、実際はそんなに甘くない。というか、スーパーウルトラレインボーヘヴィーなのだ。



遡ること2カ月前。僕の会社はほとんど営業ができていない。正確には「時間が割けていない」のが、一番の言い訳。

だって今は学生なんだもーん。

いや、ホント。幸いなことに、研究と事業が完全に一致しているため、ボーダレスにシナジーを得られるのは嬉しい。しかし、博士課程の研究と並行して、コンサル案件や教育プロジェクトに関わっていると、営業どころじゃないのも本音。もうプル型営業もいいところ。

それでも、設立10年になるせいか、ホームページ経由での受注、もしくは経営者の口コミで仕事をいただいている。

ありがたや。ありがたや。(-人-)

今回の大型のチェンマネ案件も、ある上場企業の経営者たちのご推薦。企業改革の相談があったときに、「それならTAKのところだろう!」とその場にいた数名の役員から同じ声が上がったそうな。

ご紹介ゆえに、ビッド案件(競合とのプレゼン合戦)ではないものの、紹介者の期待と責任が裏ドラのように加重されるため、緊張感も半端ないのも事実。それがたまらなくシビレるのだが。



そんなこんなで始まった今回のチェンマネPJ、やればやるほどにやりがいある案件。

組織サーベイと分析、膨大な企業課題の中からの今期スコープ選択、プロジェクト全体像描写とフェイズ化、コンテンツ決定と手法設計を通じ、7日間に渡る幹部合宿プログラムの構築、100ページに及ぶ資料の作成、そして合宿自体のファシリテーション。

案件紹介から2カ月足らずでプロジェクトローンチされ、GWに差し掛かったカタチで幹部合宿の前半戦が終了。後半戦が終われば、組織への正式リリース・次各層へのカスケード展開設計・フォローアップ施策考案…それに加えて評価制度・報酬制度の再構築などへと続くのだ。


今回の案件は、まずは経営陣20名の合宿からスタートだが、遅かれ早かれ数百名の社員への展開が続く。それだけではない。さらに目線を上げれば、社員の家族や間接的に関わる3000人およぶ関係者、そしてそれを取り巻く無数のステークホルダーたちに多大なる影響を及ぼす。

チェンマネとはそういうものだ。

そこまで意識を広げて取り組まなければならない。そういう責任と期待を背負って身を粉にして笑顔で戦う(=取り組む)のだ。その自覚と覚悟を忘れてはならないし、それが自分がプロである最後の価値観であり、プライドである。


昨年は負け戦な環境に長く居過ぎた自分自身に辟易したが、今となってはいい思い出… 猛烈に充実した今日この頃である。
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