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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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焚火&論文生活
つい先日、自社始まって以来の初の全行程 英語での合宿プロジェクトが無事成功したのが7月頭。

春から続く合宿やコンサルの嵐が一息つくタイミングだったが、次に襲われる予定は7月20日締め切りの、マレーシアでの学会の予稿提出。シャバでゆっくりできるのは、実はたった2週間。

7月3週目は、丸々1週間に渡り合宿が横たわっているため、学会の予稿執筆の実質的な時間的猶予は2週間しかないのだ。当然、その間にアポイントやらコンサル先の分析や資料作成もある。

まさに、時間との戦いの14日間の波乱の幕開けなのであった。

英語での組織活性化プロジェクトが終わった翌日、あたらめて研究室の机に座り、ワードを開いて論文タイトルを書き込むところからスタート。副題、所属大学、メールアドレス… マレーシアの大学が指定する書式に合わせてタイプする。アブスト(要約)は、まだ本文がないから書けないが、だいたいこんな感じか?みたいな。

って、そんなところからかーい!

さらにさらに、論文の半分以上を使おうとしているアクション リサーチ部分のデータ分析どころか、ロー(生)データすら入力されていない!!自分で言うのもなんだが、とにかくひどい状態だ。

夏休み最終日ギリギリで「ドラえも〜ん!」と泣きつく のび太となんら変わらない。



何を隠そう、海外学会での発表面接があったのが6月頭。そこから始めればかなりの時間があったのに、忙しさにかまけてずっと逃げていたのだ。頭の中のサボリ魔が叫び続ける。

だって日本での学会発表だって2回しかやったことないし!
それに海外での発表、およびその予稿とはいえ英語論文なんて書いたことないし!!
そもそも、俺っちは社会人で忙しいんだよ!!!

身も蓋もない、自分勝手な言い訳で。



とはいえ、いささかユルめの学会だったという諸先輩の入れ知恵(?)を劇的なキッカケに、こちらも相手も非英語圏同士、発表も論文も第二外国語ということで!と勝手に解釈し、ダイレクトに論文を書き始める。

本当なら日本語で一度論文を書いて、ある程度まで出来上がった状態から英語化する方が確実なんだろうけど、そんな悠長な時間は今やない。とするなら、書くべし書くべし!!と自己暗示をかける。目標は6ページ・最低文字数2500字。

最も非生産的で無駄な労力でしかないデータ入力は週末の夜間に行い、平日の空いている時間はとにかく文字を稼ぐことに集中。またコンサルティングで培ったコンテンツリッチにみせる手法を応用展開して、とにかく書く描くカク。


気がつくと8ページ3500字手前、ここまで8日間。とりあえず量だけは確保。

この後はロジックの精査や英語自体の文法的チェック、そして参考文献チェック。しかし、文字数を目指して雑に書くと、あとからの手入れが大変だという罠にどっぷりハマり…これがまた面倒くさくて時間がかかる作業。途中で「海外の論集に掲載される可能性もあるから、ちゃんと書きなさい」という教授からの怒涛の追加指示。

仕事の合間や諸活動の合間にパソコンを開き、ナメクジのようにノロノロと進めるものの、やはり合宿中はそんなこともできず、完全に手が止まる。そんなこんなを繰り返し、最後の最後に、提出した直後に担当教授から大幅な訂正を求められたりとどんでん返しのドラマ付きだったが、ようやく提出完了。


残るは、現地での資料作成だが、これは英文とはいえPPTで作成だから楽勝な作業。梅雨も明けたし、仕事も論文もひと段落した、気持ちが良い午後である。


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お一人様グローバル化
生活…特に仕事をする上で、常にこころの奥底に重く引っかかっていた案件があった。

それは、まだ1年で最も寒い時期だった。ある時、突然メールで飛び込んできたRFP(Request For Proposal)から始まったある高級外車メーカーの組織活性化プロジェクトである。

かなり多くのメールでのやりとりを行い2ヶ月ほど経ってやっと、担当とその部署のトップとのミーティングにたどり着く。3対1のミーティングで、当然打ち合わせも資料もすべて英語。ちょうど1月下旬にニュージーランドの大学との国際交流会議で発表したタイミングがあったから、ほんの少しだけ英語モードが戻っていたのが幸いした。

自分の仕事とはいえ、プレゼンテーションを外国人向けに英語で行うのと、日常会話とは全く異なる。それにその場で様々な質問が飛び交い、それに応えて相手に納得してもらわなければならないのだ。


3月末に、ようやく正式なGOが出て無事に受注。かなり多くの企業に相見積りをとって検討をしていたと聞いたのは、実施が終わってからであった。



安心したのもつかの間、プロジェクト施行は6月下旬。

数日間にわたり、ある部署全員参加での合宿はこれからが本番なのだ。数十人という外国人相手に、体験学習ベースのプログラムと、理論ベースのレクチャーで構成されているパターンは、現状のコンサルやエデュケーションでも数少ない。

それを、使い慣れぬ英語でやらなければならない … このプレッシャーがナニゲに辛い。

しかも残念ながら、4〜5月は新人系の合宿やら経営陣合宿、チェンジマネジメントのヘビーなコンサルティングなど目白押し。頭を英語脳に変換して、プログラム設計と作り込みをすることに、どうしても腰が重い。。

というか、完全に逃げ腰。


しかし、仕事は仕事。独立前は、外国人だらけの会社で働いていたから、求められるプロフェッショナルレベルは半端ではないこともよくわかっている。6月は24時間どこかで英語プログラムを意識してしまっているような生活。

ま、受けた以上徹底的にやってやる!的な闘志は消えなかったが。それが功を奏してか、火事場のクソ力か、このプロジェクトはスルリとうまくいった。

それを証するように、プログラムが終わった瞬間、まだ部長としては少し若い外国人の事業部トップの歩み寄り、「想像をはるか超えるいいアウトプットを得ることができたよ!依頼して良かった!」と握手を求めつつ、反対の手で肩を叩きながら満面の笑みを浮かべて喜んでくれた。



この仕事をしていて、もっとも充実感を感じる瞬間である。

企業一社一社にマイクロフィットさせてプログラムを完全オリジナルで作り込み、現場でもカスタムを加えて120%の出来に磨き上げる。そのプロセスが楽しみであり、やりがいでもある。

他人が作ったものを演じるマリオネットではなく、賞賛も批判もすべてダイレクトに受けるヒリヒリ感ある仕事…完全に高顧客満足度取得を前提条件としたジコマンといってもいい。笑


一気に胃の中の「文鎮」が消えたのを感じた。

しかし今、次なる「文鎮」に悩まされている ー 8月下旬のマレーシアでの学会発表である。

いや、正確には7月中下旬までに提出しなければならない、英語での予稿論文ミニマム文字数 約4000字である。発表時は、PPTベースだし、発表相手も英語を母国語としない人たちだから、きっとなんとかなる。しかし、予稿はベツモノ。

しかも、自慢じゃないが、英語で執筆を始める以前に、そもそも「データ分析」のための膨大な「データ入力」さえ1mmも終わっていないのだ!

どうすんだよ、俺。

7月中旬はマネジメント系の焚火合宿で1週間まるまる山の中が決まっている。というと、今週来週がリミットということになる。この間に、データ分析を終えて4000字までたどり着けるか… なんだか一人でグローバル化が進んでいる今日この頃である。

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