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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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ヤケボックイな趣味
仕事。博士論文。焚火研究。アイアンマン(トライアスロン)。そして、4月からは大学で教鞭に立つ。

どれもこれも充実していて楽しく、飽きることはない。というか、ON/OFFはかなりシームレスにリエゾンしていて、仕事のが趣味なのか、趣味が仕事なのか、時折見失う。

しかし、それに加えて新たに趣味が…、正確には、過去ドップリはまり今は興味が薄れていた趣味が、バージョンを変えてフタタビ頭をもたげつつあるという、今の僕には大変ヤバい状況に陥り始めている。それは、

「FREE SKI」。

ゲレンデをただ滑るだけではない。キッカー(ジャンプ台)で飛んだり跳ねたり回ったり、オフピステでパウダーを貪り食ったり、木々の間を滑るツリーランなど、自然のあるがままをフリーな滑り方で遊ぶという、粋で、気ままで、ちょっと迷惑なヤツである。

なんともまた、ケッタイなモノに再燃したものである。


実は、スキー歴だけは40年を超える、人生史上最もロングテイルな趣味。

山男だった父に4歳から教え込まれ、小学校の頃は冬になると親とスキーに行って欠席が目立ち、先生に呆れられていたことを覚えている。それは高校時代まで続く。

大学時代はカルガリー・オリンピック(1988)から正式な競技に加わった、急斜面でコブを攻める「モーグル」一色。コブの聖地、白馬 八方尾根スキー場にあるペンションに居候し、草大会のスタッフをやったりレースに出たり。その後、超黎明期のスノーボードにシフト。

社会人になると、スノーボード × バックカントリーの組み合わせに興じていたが、徐々に冬もサーフィン三昧。この頃から雪山スポーツは静かに遠のき始め、アドベンチャーレースのチーム結成とともに、変態でドMな競技にはまりまくり、雪遊びという文字が生活から消えた。

しかし、大学院修士課程に進学とともにアドベンチャーレースチームを解散、MBA修了と同時に四十路から始めると決めていたトライアスロンに転向。経営者で構成されるチームに所属して、ゴリゴリやっている現在。

しかし近年、子供の成長がキッカケで冬山に戻るようになってきた。

人生は繰り返されるのだ・・・ 趣味の数は変わらずしてだが。


チビに教えながら、ちょいちょい滑るだけ。しかし、それだけでも十分に楽しい。水を掻いた理ペダルを回したり大地を蹴ったりという自分の筋肉を駆使した「努力」によって、疲れと乳酸と引き換えにスピードを得るスポーツとは異なり、斜度と万有引力を利用して超楽チン爽快にスピードを堪能できるスポーツは、これまた一味違う。

こうして、物欲の塊と化した誘惑に負けて、大学生以来ぶりに冬山の全装備を「完全リニューアル」したのだった。


問題は、行く時間があるかどうか ・・・  否。ハッキリ、明確に、ほぼナイ。

3月と4月に国内外のトライアスロンの大会を控えているし、博士論文もピッチをあげる時期だ。無理しても、雪のある時期に仕事のない週末は、なんと1回だけ!(それはそれで、どうかと思うが)。

それでも、楽しいから行きたい。いや、行く。時間を調整して行ってやる。

リチャード・セイラーやダニエル・ダニエル・カーネマンの行動経済学的に列挙するバイアスに陥っていることに気づいていたとしても。やりたいと思うことに理由はいらない。できない言い訳を考えない。何かをやることによって犠牲になることがあるなら、それ以外の何かをさらに犠牲にして取り組む。

意思決定とは、すなわち「覚悟を有する選択」なのだ。



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