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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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四十路を迎えて誓うこと
人生でも珍しく様々なことがアコーディオンのように折り重なって押し寄せてくるタイミングがある。

いいことでも、悪いことでも - そんな時試されるのがその人の「強さ」。


特にシンドイ時は、誰しも意識が「内面」に向きがちである。つまり自分自身に矢印が向く傾向にあり、外向き=自分以外の人に対する意識を回すことができない。いわゆる「いっぱいいっぱい」なカンジ。

人それぞれのキャパシティは異なるが、それは仕方ないだろう。


しかし、そうは言っても、僕の中に強くありたいもう一人の自分、それ以上に優しくありたい自分が存在する。




心における「強い」ことと「優しいこと」は同義ではないように思う。

僕が思う「強い」は、『どんな状態でも自分自身を信じ、揺らがずブレず、己の路を歩む意志のボルテージ』である。

しかし、それと「優しさ」は異なる。


「優しさ」とは、『自分自身の状況・心境に無関係に、他人を想いやる心』だと思う。つまり、本当の優しさには、時には「自己犠牲をも伴うもの」であるということ。

誰だって優しくしてあげたいと思うのは当然の気持ち。しかし、自分がいっぱいいっぱいの時に、誰かに優しくするのは困難である -誰かを助ける前に、自分を助けてくれ!とはなるのは、至極当然のこと。


それでも、僕はできる限り「優しさ」にこだわりたいと思う。




僕の好きな言葉に、作家レイモンドチャンドラーの小説の一節がある。

『男は強くなければならない。しかし優しくなければ生きている資格がない』

かれこれ20年以上も心から離れることがない、“生き方の理想そのもの”のような言葉。



誰しも辛い時がある。

しかし、自分がそのようなタイミングにあっても、大切にしたい人が困っているなら、自分の気持ちを殺してでも助けてあげたい、支えてあげたい、傍にいてあげたい。 そういう男でありたいと思う。


そのためには当然強くなければならない。自分が弱くして他人を助けることはできない。

ではどうしたら強くなれるのか - 僕の中の答えは「自己鍛錬」のみである。


常に勉学を重ねるのも、タフなトレーニングを積み身体を鍛えるのも、きっと「“強さ”の上にのみ成り立つ“優しさ”」を手に入れるためなのかもしれない。



自分の生き方にまっすぐ、そして我武者羅でありたいと誓う、四十路のスタートである。
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≪この記事へのコメント≫
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四十路スタートとのこと、おめでとうございます。

人として男として、いつも私は大きな背中を見せてもらっているようです。

頑張ってくださいね!
2012/11/22(木) 18:31:05 | URL | おくだ #-[ 編集]
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