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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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人生の無形財産
突然訪れたレース仲間の死。思い出すと今でもいたたまれない気持ちになるが、お通夜での彼女の両親の
言葉が心に残る。

「あの子は、私たちの想像を超えて本当にお友達に恵まれていたことを知った」 という一言。


翌日の告別式には、我々アドベンチャーレースの仲間だけでなく、他の趣味友達と思える様々な人が涙しながら彼女を見送った。その光景を見て、これが故人の生き様なんだと悟った。


以前、自社メンバーで自分自身の人生を描くプロジェクトにて、『死に様』から『生き様』を描いたことがあった。こんな風に命を全うしたい、という究極イメージから初めて、「どのように生きるか」が見えてくると考えたからだ。

そして生き様は、関わった人への記憶という形で現れる様な気がする。



学生割引の効力も残り1カ月を切った。

僕個人的には大学院の様々なメンバーと顔合わせることが多いが、個々に聞くと連絡すら激減している人が多いという。今まで大学院に取られていた時間を、今後は仕事に返還し忙しくしているからであろうことは容易に想像できる。

正直なところ、知識ゼロに近かったビジネススクール時代に得た経験や知識は別格であるが、大学院で学んだこと…正確には授業に出たことがリアルなビジネスで血肉になるとはあまり実感がない。理論は有効だが現実は理論で動いているわけではなく、蓄積した知識がビジネスで役立つことはイコールではない。

僕はそれを百も承知の上で、そして別の目的~経験の理論的裏付け~で大学院に進学したのだから別に何とも思わない。しかし想定外に手に入れたものは、「仲間」だった。

2年間という期間を共に過ごしてきたのだから当然だろうと思うかもしれない。仲良しクラブ程度の知り合いは確かにできる。しかし、その後も続く人間関係~仲間と呼ぶとするなら~は、相当の付き合いの結果でしか生まれない。それは集団凝集性理論からして明らかである。


そう考えると、多くなくとも大学院で培ってきた人間関係はとても濃密なものであり、生涯の財産といえると自負できそうだ。




何かの本で書かれていた一説が思い浮かぶ。

「仕事だけで生きてきた人は、退職と同時に付き合える人が激減する」

仕事にストイックであることが悪いとは全く思わないが、それだけの付き合いだと、それを保持するリンクピンを失ったた瞬間、個単体に逆戻りしてしまうということだろう。だから特に男性は『濡れ落ち葉』と揶揄されるのだ。笑


そんな一つの視点から人生を豊かにする要因を捉えてみると、やはり「仲間」の存在は大きいと言えそうだ。仕事仲間もそうだが、それ以上に趣味や学問を通じて深くつながった仲間の存在・・・。働き盛りのビジネスパーソンが犯してしまいがちな危ない傾向のようにも感じる。


そのためにも、社外仲間との本当の付き合いを増やし、より良い人間関係を良好に維持するにはメンテナンスが不可欠だ。仲間との出会いは「必然」である。それを無駄にしないためにも、細くとも定期的に友情を育んでいきたいと思う卒業前である。

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