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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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衝撃な一言
最近、修士課程でとてもお世話になった教授と一緒に仕事をすることが多い。
昨年立ち上げた会社のスタートアップメンバーとして参画を要請されたためだ。

2年間べったりとその教授の下で学び、在学中もいくつもビジネスでコラボレーションしていたし、また2代前のゼミの先輩が数名かかわっており、メンバー的な面からも、彼の会社を手伝うのは至極自然な流れであったし、違和感はなかった。

ただ一つの事実を除いては。

起業/ベンチャー出身者と名だたる大手出身者が混在していることである。



立ち上げたばかりのベンチャーは、いわば日々生きるか死ぬかのオンザエッジであり、仕事の境目などなく、できる人が自主的に次々と仕事を担当し、ないものはゼロベースで創りだしてゆくものだ。しかも累積経験がないためにスピーディに仮説と検証をクルクルまわして生き延びる術を探し、毎日が勝負!みたいなカオスと逆境のど真ん中である。

一方、大手は、すべてが整いすべてが完璧なまでの分業体制が敷かれている。仕事は与えられるものであり、自分の担当の責任を果たし、それをまた次の人に回す…そうやって業務が成り立っている。恐らく今管理職に就いている人たちは学卒入社でずーっと一社に忠誠を誓ってきた方々であろう。つまり大手の慣行しか知らず、それが無意識に働き方の常識となっている状態(であろう)。


したがって、完全にベンチャー気質パーツだけで構成されているの自分の社会人経験からは、理解し得ない現実とぶつからざるを得ない。それは良し悪しの問題ではなく、国家間の文化の違いと同じように、双方が??と感じているのだろう。

そして時に、ベンチャーの常識は大手の非常識、という構図を目の当たりにするのである。



現実的にその違いに大直面すると、まだまだ器の小さい僕は、ついイライラしてしまうことがある。

ここはベンチャー企業、資産からあとどれだけ生き延びれるだろう?と日々ソロバンをはじいている状態で、大手のノリで
作業をやられると、ベンチャー企業の正論を、つい、発してしまうのだ。チームでは最も年下の上に、言葉の使い方も、僕はあまり綺麗ではない。汚い、というか「ど」がつくほどストレートに意見する。悲しいかな、外国人だらけの外資系で働き、がりがりの組織再生を生業としてきたせいか、本当にいい方がキツイ(自分でも思う)。

何回か意見がぶつかった会議の後、先輩に言われた言葉。

「論理は人を殺すぞ」

ロジックは正しいけど、ぐうの音も出ないほど正しすぎて、相手を殺す…つまり逃げ場をなくして反感しかかわない、という意であることを付け加えられた。言い換えれば、論理だけでは人は動かないということと同義だろう。わかっちゃいるが、できない…このジレンマ。

若きころからベンチャーやバリバリ外資系で育ち、その後は起業家として、あまり客観的な意見が得られない環境で過ごしてきた。いま、こうして多くの人生の先輩方から怒られながら諭されながら、共に働ける環境のありがたさまでも感じさせてくれた。


ある意味、新人の初心に戻った気持ちで自分を見直して、より器を大きくする努力をしていきたい、そう感じさせるガツンな一言であった。

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