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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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バネを溜める
人生にはドラマがある ー 行き方を左右する大きなことから日常の小さなことまで。そして、その瞬間に認識しているものもあれば、小さすぎるがゆえに後に気がつくこともある。

知覚の時間幅は別としても、それらをどう捉えるか、つまり「認知」が重要ではないかと、思うのである。

組織論の中にKolb(1984)という学者が唱えた経験学習理論という学習モデルがある。Kolbによると、具体的経験→反省的省察→抽象的概念化→能動的実験 という4ステップをサイクルしながら学ぶものであるが、人生とその理論は似ているように感じる。


人は日々の生活の中で、現実世界において全てを「体験」している。その体験の中から、自身が重要だと感じた事柄を記憶として脳ミソの海馬に刻む。つまり海馬とってに価値のある情報が思い出せるデータとして残り、それを後に「記憶」として引き出すことができるといえる。当然、無意識に残っているものもあれば、意図的に残そうとするものあろう。

とするならば、日々の経験を「残すのに十分足る情報」として「捉える」ことができれば、記憶に残るということではないだろうか。つまり、日々の経験から学びを見出す、もしくは事象を「昇華」させることで、様々なことから学べるように思うのである。

それが、後生記憶に残るかは別としても。




「活きる学び」というものは、日常生活においてどのような時にビッッ!!!っとくるのだろうか。

もちろん成功から学ぶ、というのも十分存在するが、1度の成功では学びとまでは至らず、何度も成功を繰り返し成功パターンを見出して帰納的に学びに至るものだと考えている。

逆に、活きる学びとは。失敗から喚起されるものだと、僕は思う。つまり、失敗した時・うまくいかなかった時、やばいヒヤリハットの時。

実は、そこに、成功の破片が隠れているもの。失敗という事実から目をそらさずガチンコで向き合って、失敗の原因が自分のどこにあるのかを、頭の先から足の先まで探し尽くす。そして、見つけ出したら、その原因を取り除く行動に転換していく。

しかし、失敗というものは、人は目を背けたがるものである。

できれば記憶から追い出したい。その失敗の原因は自分から遥か遠くにあって、たまたま自分に降りかかった災難のようなものだと思いたい ー それがヒトの普通の反応だろう。極めて正しい心理反応だと思う。



これらのことを、経験学習と紐付けて考えると、2つの極めて重要なプロセスを見出せる。

一つ目は、失敗の「具体的経験」をしても、そこで思考停止や現実逃避をしない。この「失敗した自分と向き合う勇気ある行動」とも言える強い意志に支えられたプロセスである。これなくしては、学びに気がつくことはない。

二つ目は、徹底的に失敗と向き合う「反省的省察」を通じて、今後の行動に活かすことが可能な、少し汎用性が高まった「抽象的概念」を抽出するロジカルで思慮深い考察プロセスである。これらなくしては、学びを今後に活かすことができない。


この2つの連続する過程における行動を、僕は「バネを溜める」と呼んでいる。バネを溜めなければ、大きなジャンプは不可能であるというメタファーそのものである。

人生にはバネを溜める時期は何度も訪れるだろう。小さな一瞬の出来事から、数日数ヶ月数年かかけてバネをためる出来事もあるだろう。その「溜め」は多ければ多いほど、次の飛躍の大きさに比例する。

要は、いかに経験学習のグルグルサイクルを回してバネを溜められるかが成長の肝である。


弱い者は失敗から目を背ける。思慮浅き者は同じ失敗を繰り返す。人間はそういう生き物かもしれない。しかし、それでも森羅万象に学ぶ姿勢を忘れたくないものである。
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