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焚火で組織を変える社長の日記

〜 代表取締役・焚火研究家・大学院生・父親・トライアスリート、そしてサーファーとして。
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超身近の集団発達と崩壊を考える
社会心理学の父とも言えるKurt. Levinは、1951年に集団をこう定義した。

「集団とは、単なる個人の集合体ではなく、心理的にまとまりを持った集まりである」

多少広義的ではあるが、とにかく僕は集団というものは生き物であると思う。そして、その「生き物」を構成する人々の言動の観察は非常に興味深く、またそれがプラス方向であれマイナス方向であれ、変容していく様も目を離すことができない。

博士課程の専門領域として「集団発達」を研究しているのも、そこに飽くなき興味をそそられるからである。

その対象集団は、もちろん企業組織が主ではあるが、趣味の世界に目を向けても研究対象になりうるような事例が転がっている。実際に自分が多かれ少なかれ任意の集団に関わり、そこで起きた人間関係模様を研究対象的に静観するのは、僕の陰湿な趣味と言ってもいいかもしれない。



数ヶ月前、地元で完全なる趣味の集団をネットで見つけて、縁あって関わることになった。バーチャルとリアルの付き合い方はある程度は理解しているつもりだ。

ー ネットというものが世の中に浸透し始めた黎明期の2000年頃からすでに、数えきれない同趣味人と01010101の世界でつながり、多くの人と実際に顔を合わせて様々なイベントを企画・参加し、ほんの一握りの仲間と今でも飲む経験則が機能するからだ。


その趣味集団の当初は、やっと到来した春と同じく緩く暖かだった。外気温が上がるにつれて集団の活動が活発化し始めると、急速に人員が増えて人となりを知ろうとする行為なくしてSNS上だけで表面的で軽薄な関係性が構築された。それと比例して、集団活動に対するフリーライダーにマイペーサー、オレサマにクレーマー、ゴースト(幽霊部員)となり収拾がつかなくなり始め、肥大化からほんの数ヶ月で第1次組織崩壊が発生。その後なんとか持ち直すも、第2次崩壊が生じて半年で事実上 集団が消滅した。

こんな話はそこらじゅうに転がっているが、有名なT.W. Tuckman(1956)は、集団というものは変化段階を有し最後には解散すると主張する。まさに、理論をベッタリなぞったような短命な集団だった。身近で生じたこのケースは、集団発達の研究家にとっては非常に有意義な検体とも言える。



短くして散った理由はいろいろ複雑に絡み合っていただろう。客観視していると、決定的にそして明白なまでに欠如していた点が浮き彫りになる。

「活動の軸」である。

何のために集まるのか。そのレゾンデートルなくして集団が維持できるわけがない。企業で言えば経営理念といえよう。存在意義や活動方針が不明確、あるいは明確でもそれを理解しないウゾウムゾウが集まれば混乱するのは自明の理。一方で、趣味の集団だけにルールが前面に出るのは堅苦しい。

難しい。実に、難しい。

趣味でも企業でも集団を形成する人には、残念ながら集団がうまくいくようにハンドリングする義務が生じる。もしくは誰かがその代役を担わなければ、集団維持はできまい。まさに、集団のマネジメント力が求められるといえそうだ。そして関わるメンバーの資質も重要な要素。ルイトモと呼ばれる全世界共通の教訓の通り、「誰と」「何を」するのかが欠かせないということである。


身近に起こった組織模様。たかが趣味集団、されど趣味集団。これからも集団発達から目が離せない。

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